第35章 決勝 薬師戦
俊平のピッチングも夏よりも更に良くなっててあと一本が出ない。
薬師リードのまま9回の攻撃に入った。
野球は2アウトからってだれが言い出したんだろう。
2アウト…
春市くんの盗塁でチャンスを広げた。
御幸くんが一塁を駆け抜けて1.3塁。
御幸くんの集中力はすごかった。
1球目から走って、ダブルスチール狙い。
俊平の高判断で、ホームには帰れなかったけど、揺さぶりをかけている。
あんな身体でよく走れると思う。
ゾノくんの粘りがちでレフト前ヒット、捕球体勢が悪いのを見逃さなかったコーチャーが大きく腕をまわした。
御幸くんのヘットスライディング……。
一瞬の静寂。
審判のセーフ判定にスタンドもベンチも歓声をあげた。
でも、御幸くんは、そのまま動けない…。
心配した白洲くんが駆け寄ろうとしたとき、拳をグラウンド数回叩きつけた。
そして、身体を起こして、ガッツポーズを見せた。
あの御幸くんの顔を私は忘れられないだろう。
高く突き上げられた拳。
一瞬ヒャッとしたけど、御幸くんは歓声に迎えられた。
白洲くんを打ち取った俊平はマウンドの上で仲間に謝った。
俊平……。
9回裏を抑えたら甲子園。
嫌でも夏の記憶が蘇る。
その記憶を吹き飛ばすかのように、どこまでも響きわたりそうな掛け声をあげてベンチから守備位置に散っていった。
御幸くんも笑ってる…。
降谷くんが3人でピシャリと抑えて、青道高校。
5-4で勝利した。
「ベンチ片付け手伝ってくるね」と歓声が静まらない中、唯ちゃんに告げた。
閉会式を終えてベンチ裏で御幸くんに声をかける。
「おめでとう」
「はは…なんとか…。」
力なく笑った御幸くんはもう限界を超えていた。
でも、選手のみんなにはアイシングしろよと声をかけられるのは、やっぱりキャプテンの責任感?
お前が言うなよと突っ込みが入った。
「矢代、御幸の荷物持ってきてやって」
「あ、わかった。ふたりのは?着替えないの?」
「頼むわ」
「了解。」
3人の荷物を抱えてあとを追いかけた。
タクシーに荷物を積んで、今にも倒れ込みそうな御幸くんの右側に駆け寄る。