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【イケメン戦国】徒然後日譚―短編集—

第1章 序


「えっ……?」
も驚き、何とか湯飲みの中を零さずに卓へ戻したが、謙信の手に引っ張られながらどうしたのかと驚く。
「どうせあと少しなら早駆けで抜けてやる。、俺の馬に乗れ」
「えっと」
「早くしろ」
先に自分が乗り、戸惑うを軽々と抱え上げて自分の前に乗せた。
「落ちぬよう俺が支えているが、かなり揺れる。舌を噛まぬよう口を閉じていろ」
横抱きの恰好に慌てるが、謙信は今にも駆け出しそうで口を挟む間もない。

「謙信様、各隊長に一言、言い置いてください!あなたが一人で走り出すと義務感と忠義心と条件反射で皆が追いかけてしまいます!」
焦った佐助が言うと、謙信も「それはそうだな。それでは意味が無い」とうなずいた。
「皆!」
騎上から声を掛ける謙信の声は凛としていて、家臣達だけでなく茶屋の者達も顔を上げた。
「俺は先に戻る。お前たちはゆっくりしていけ。道中の揉め事は避けるよう城に戻るまでは気を抜くな。各部隊長は特に引き締めろ。良いな?」
謙信の言葉に皆が揃って頭を下げて返事をする。

「……ただの早退なのに、大変……」
改めて驚くに、佐助だけが顔を伏せて笑っていた。
大将本人が物々しく「引き締めろ」と言っても、の言う通り、「早退」を急ぐ謙信が一番引き締めが緩んでいるように見える。

しかし謙信は佐助の事には気を払わず、しっかりと腕の中にを抱いて駆け出した。
あまりに早く、馬も高揚して高く飛ぶ。
は言われた通り口を閉じているが、馬が駆ける衝撃が先程までの速度の比ではない。
周囲を見る余裕はなく、謙信の胸の袷(あわせ)にしがみつくのに精一杯だった。

「御屋形様!」
誰かの声がする。
「お一人にございますか?!」
「ああ、先に戻った。しばし後に皆も戻る」
「お急ぎの御用でも?」
「いや。煩わしかったのでな。気にするな」
「は……はい」
「、無事か?」
優しい手つきで背をぽんぽんと宥(なだ)められた。
「……はい」
「もう着いた。俺の城は山を登る故、馬も少し荒れたが。舌は噛んでいないか?」
普段と変わらない謙信の声にようやく緊張が抜ける。
「大丈夫です。でも、驚きました」
顔を上げると優しい微笑が見下ろし、はほっとする。
色違いの双眸が淡く揺れていた。
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