第1章 貴方のために出来ること
「お帰りなさい!」
襖が開いた音で振り返ると、驚いた表情で信長様が立っていた。
『まだ、起きていたのか?』
「だって…、いつもお忙しくてゆっくりお話し出来ないから。」
『…だから、なんだ?』
信長様は、私の頭の中を見透かすように笑いながら、後頭部から首筋へゆっくりと撫でた。
「体を休める時くらいは、一緒にいたいです。」
『今日は、あと少し文と書簡の整理がある。先に休め。』
「…えっ?」
『なんだ?』
「いえ、なにも。」
『抱かれたかったのに、と顔に書いてあるぞ?』
「えっ!書いてません!そんな事!」
『…明日の午後からの時間、貴様のために使えるようにした。少し寒いが、約束していた遠乗りをするか?』
「本当に?」
『あぁ。仕事を詰めていたのは、この為だ。遠乗りをして、好きな景色でも甘味でも何でもよい。貴様と過ごし、その後は抱き潰す。』
「だっ、抱き…」
『望み通りであろう?…だからな、先に寝ろ。貴様が倒れてしまえば、俺の数日の努力が水の泡だ。』
「…寂しいです。」
『ふっ。すぐに終わらせる。いい子で待っていろ。』
信長様は、優しく私の腰を引き寄せると口付けをした。大好きな香りに包まれて、深紅の瞳に射ぬかれれば、それだけで私は溶けそうで。
抱き締め返すのが精一杯だった。
「閨の戸を開けて、待ってます。」
『あぁ。褥を温めておけ。』
信長様の体が、すっと離れれば寂しさが襲う。
急ぎ足で褥に入り、信長様の背中を見つめた。
広い背中を見つめるうちに、瞼がぼんやり重くなる。
ダメ、って思うのに、信長様の匂いに包まれると力が抜けて、私は微睡みの中に溶けていく。
「の… なが、さま。」
『ん?』
「…っん。」
『…おやすみ、明日は沢山愛でてやろう。貴様の望み以上に、な。』
「だ、…すき。」
『あぁ、知ってる。…もう少し、貴様と二人きりも悪くない。余り焦るな。』
信長様の呟きを、私はきちんと聞けなかった。
大事な事を言った気がしたのに。
いつの間にか抱き締められる強い腕とぬくもりが、深い眠りの底に連れていく。
この腕を振りほどくなど
永久に出来ない。
そう思った。