第6章 嵐の前の
体は疲れていて、妊娠しているのだから休んでいなきゃいけないのはわかっているのに、全く眠気が来なかった。
明け方までの騒ぎが嘘のような静かな城内に、ふぅ、と胸を撫で下ろした頃、懐かしい出汁の香りがした。
起き上がろうとしたら、その小さな物音に慌てた咲がやって来た。
『様、どうされました?』
「咲。懐かしい、いい匂いがして…」
『匂い? あぁ、朝げでしょうか。』
「厨、行ってみようかな。きっと、政宗だから。」
『ご一緒致します。』
「大丈夫よ。歩けるし… お腹の痛みも落ち着いたし…」
そう言って咲を見ると、ちょっと怒った表情だった。
「あ、うん。一緒に行こっか。」
『勿論です。』
その時、もう城内すら一人でもう歩かせてはもらえない、と確信した。
厨へ向かって歩けば、咲だけじゃなく弥七さんと吉之助さんまでがついてきた。
少し片付いた庭にはござが敷かれ、傷を負った家臣さん達が手当てをし合っていた。
『様!』
見慣れた顔が、口々に私の名前を呼んで、嬉しそうに笑ったり涙している。安土の為に、信長様の為に、そして城と私を守ってくれた。
「皆さん、ありがとうございます。広間に上がって休んでください。傷の手当てもそこでやりましょう。」
『なっ、広間など畏れ多い!』
「城が守られ、安土があるのは皆さんのお陰です。感謝をしなければいけない方々を、こんな場所で手当てはさせられません。咲、空いている女中さん達や針子のみんなを集めて、支度を。私の褥は片付け、重傷者を寝かせられるように。皆に暖かい飲み物を渡して。
政宗の朝げ迄に温まるように。」
『かしこまりました。』
『そっ、そんな…』
咲は、女中達を集め声をかけ始める。
そんな姿を見て、家臣さん達は顔を見合わせ困ったような顔をした。
『ほら、お前達。奥方の命令聞きなよ。』
『様、お心遣いありがとうございます。』
『すごいなぁ、本当に安土の奥方なんだね。』
「家康、三成くん! 佐助くん!」
三成くんは、羽織が破け血が滲んでいた。家康が巻いたのか腕の包帯が痛々しい。
家康は、傷はないけれど羽織が破けていた。
二人とも、顔も埃と血で汚れている。