第18章 明日がくるなら
出産を終えると、比べようのないくらい賑やかな毎日が訪れた。
【世継ぎ誕生】
それは、一足早く春を連れてきた。
政宗の掛け声で始まったお餅つき。
弥七さんと吉之助さんが交互についていたら、『腰が入っていない!』と杵を取り上げたのは秀吉さんだった。
そこからは、せっかくだから全員が餅をつくことになった。
嫌々やりながらも、どっしり構えて杵を振り上げる家康。
『信長さまの右と左腕で』なんて声に、光秀さんが杵を持ち、秀吉さんがお餅を返す。光秀さんが、不意打ちに杵を振り上げて下ろした事で、秀吉さんの手に当たりそうになって一触即発。
喧嘩を止めようと間に入った三成くんが、水桶につま付いて派手に転ぶ始末。
何度かついたお餅を、政宗と厨の女中さんや料理番の方が小さなきなこ餅にして城下に配り始めた。
私に、と持ってきてくれた政宗に紅白じゃない理由を聞いたら、『お前の好物を作りたかったからだ。』
なんて、優しい言葉が返ってきた。
産後は無理をしてはいけない、と咲が私の身の回りの世話をして私はほぼ【床上げの時期】まで褥から出して貰えなかった。
赤ちゃんの世話は咲がして、授乳は私。
信長様は軍議や政務の合間にやってきて、赤ちゃんを抱いたり頬を撫でたりしていた。
体の調子が整ってきて、ようやく床上げを迎えたのは、早咲きの桜が見頃になりはじめた頃だった。
天守の開いた襖からは、夕陽が射し込み始めていた。文机では、墨の匂いがする。赤ちゃんのために敷かれた褥は、可愛い兎柄。
越後から佐助くんが名代として安土に祝いの品が、山ほど届いたのは数日前だった。
『幼名はどうするか決めたのか?』
「はい。」
『では、明日の軍議の後に披露目をする。秀吉と咲が決めた世話役も呼んである。明日から城勤めをするように話してある。』
「では、ご挨拶をしなければ。」
『名は、これでいいのか?…なんとも珍しいが。貴様の時代の考え方か?』
ゆっくりと考えた名前の意味を話す。
信長様は、静かにそれを聞いてくれていた。
『…は眠っているのか?』
「はい。さっきお乳を飲みましたからぐっすりと。」
『そうか。では、貴様の口づけを久しぶりに頂くこととしよう。家康からまだ抱くなと言われているからな。』
お預けをされている子供のような信長様と私の影はゆっくり重なるのだった。