第16章 きみの手のひら
「なんか、流れてる、みたいっ。」
『なっ!』
しがみつく信長様の腕に爪を立ててしまう。
そうしなければ立っていられない程の痛みだった。
『、破水かもしれない。すぐに診察するよ。』
家康の一言で、慌ただしくなる産室の中で、私は背中を少し高くして仰向けに寝かされた。
『、出血が少し増えたみたいだ。そろそろだよ。』
家康がそう言うと、お産婆さんがやってきて、代わりに信長様が部屋を出た。
「やっ、やだぁ。信長様っ。どこ行くのっ?」
『様っ、出産は殿方は入れないのです。私が側におりますゆえ…』
「家康は?」
『俺は、医者ってくくりになるから…』
『襖を隔てた廊下にいる。大丈夫だ。』
「…は、はい。」
いつもより優しく笑う信長様が、襖を閉めた。
それから、私は人生最大の痛みを乗り越えることになる。
鼻から西瓜、じゃなくて、下半身がちぎれるような痛み。
意識が遠のくと、咲に名前を呼ばれる。
家康が脈をとる。
明け方から始まった「それ」は、夕暮れになってようやく終わりが見え始めた。
『息を整えて、次の波が来たら息んでください。』
『息む時に背中を支えるから臍を見るようにして!』
『やはり立ち膝の方が!』
『いえっ、出来るだけ様のお国のやり方で!』
仰向けに出産するやり方は、まだこの時代には馴染みがなかった。それなのに、咲がお産婆さんや家康を説得してくれた。
「ん、ああぁぁぁ!」
『頭が出ます!痛みの波が来たら思いっきり息んで!』
何回息めばいいの!と叫びたいけど叫べない。
何度か繰り返して、ようやく、その時がきた。
きみの手のひらの中にある希望も夢も
どうか
素敵な出会いや時の流れの方に向かって
放たれますように
薄れゆく意識の中で
私は願った。