第16章 きみの手のひら
五日前、政宗が奥州から安土に戻ってきた。
『まだ、産まれてないよな?』なんて笑って、さらに大きくなったお腹を撫でる。
私は、10ヶ月目に入った。
ただ座るだけでも、足の付け根が圧迫されて踝が浮腫む。
お腹も張りやすくなったし、あまり赤ちゃんの動きも感じなくなってきた。
『もう、いつ産まれてもおかしくないから、些細なことでも何かあったら知らせて。』
家康が、いよいよだね、と笑った。
いよいよ…か。
痛いのかな、痛いよね。
だってお腹から産み出すんだから。
そう思うと、ちょっと怖くなって手に力が入った。
『私も家康様も産室に入りますから、大丈夫ですよ。』
咲が私の手に、そっと自身の手を重ねる。
「うん。そうだね。頑張らなきゃ。」
『それでさ。政宗さんも戻ってきたから、夕げをみんなで取らないかって。信長様が。』
「え、いいの?」
『いいも何も…。まぁ、信長様、最近、政務を詰め込んでたからね。ようやく落ち着いたんだ。』
「そうなんだ。良かった。」
『なんで、政務を詰め込んでたかとか聞いてるの?』
「えっ、…何も聞いてないけど。」
『へぇ。そう。』
「なに、どうしたの?」
『いや。』
「なに?家康、なんか隠してる?」
『…夕げでわかるよ。』
えぇー、と声をかけようとしたら、それを遮るように咲が話しかけてきた。
『夕げに着ていかれる羽織は、こちらにいたしましょうか。』
紺から白に変わるグラデーションに桜の花びらの刺繍。
夜桜のようだった。
「そうだね。久しぶりだから、紙も結おうかな。」
『じゃあ、俺は診察の報告してくる。』
家康が出ていった後、咲に手を引かれて鏡の前に座った。
※
夕げの支度が出来たと知らせに来てくれたのは、信長様だった。
私を横抱きにして広間に運んでくれる。
『今日は貴様のための宴だ。精の付くものを食べ無事に出産が出来るようにな。』
そう言って、私の目元に口付ける信長様は、とても優しかった。
広間には馴染みの顔が揃っていた。
「光秀さん、おかえりなさい!」
『あぁ、元気そうだな。』
「皆が揃うの久しぶりだね。」
『それぞれが、の産み月までに仕事を落ち着かせるために忙しかったからな。』
「え、そうなの? 秀吉さん。」
『あぁ。まぁ、一番は御館様だったけどな。』