第16章 今日という日が 【不死川実弥誕生日記念】
『霧雨ちゃん、誕生日おめでとう』
私に花を差し出してくるのは、安城殿。
綺麗な人が綺麗なものを持っているのは絵になった。
『生まれてきてくれてありがとう』
私は首を傾げた。
安城殿の背後ではひらひらと桜が舞っていた。春の天気のいい日だった。
『あら?私、間違えちゃったかしら。あなたの調査報告を読んだとき、今日が誕生日って書いてあったのに…。』
『タンジョウビ、とは、何ですか』
私の質問に安城殿が絶句した。
『オメデトウ、とは、何ですか。ウマレテキテ…その、アリガトウとは、何ですか。』
安城殿はしばらくしてから膝を折って私と目を合わせてくれた。
『誕生日は、あなたがこの世界に生まれた日。この世界で生まれることは、本当にすごいことなの。だから、おめでとうを言うの。そして、あなたが生まれてきてくれて、こうして出会えたことが私は本当に嬉しいからありがとうって言ったのよ。』
『?わかりません』
私はただただそう答えた。
『生きていることの何が、おめでとう、で、ありがとう、なのでしょうか。』
安城殿は私の目をじっと見つめていた。
風が強く吹いて、桜がハラハラと散っていく。
『何もないわ。』
安城殿は私の髪についた桜の花びらをそっと摘んで地面に落とした。
『生きている…ただそれだけのことで、いいの。』
『?』
『……だからね、誰かが誕生日の時は…こうやって祈るのよ。』
安城殿は大切なことを教えてくれたんだと思う。
けれど、よくわからなかった。
『______________』
言葉が桜とともに散っていく。
はらり、はらり。
もう思い出せない。地面に落ちた花びらのように。それは舞い上がることはない。汚く腐るだけ。
『わかりました』
嘘をつきました。本当は何一つわかりませんでした。
けれど、安城殿の目を見て、嘘を言いたくなりました。
『そうなるよう、つとめます。』
『…いや、そんなに気合い入れることじゃ……』
安城殿はクスクスと笑いました。
きっと私の嘘には気づいていたでしょう。
それでも、私の言葉を責めることはなくちゃんと聞いてくれたのでした。