第14章 音と霞
鬼殺隊関係者は柱以外くることはなかった。
「あんたもここまで嫌われていたとはなぁ」
一人屋敷に残って虚空に向かって声をかける。
棺も何もない。あの人の体はもうどこにもないのだから。
「辛かっただろうよ」
心のどこかであの人は大丈夫だと思っていた。
きっと、きっと。
けれどそんなことはない。霧雨さんだって人間だ。あっさり死んでしまうような人間なんだ。
今あの人が背負っていたものを目の当たりにして、俺はとても明るい気持ちにはなれない。
柱の奴らもさっさと帰りやがって。悲鳴嶼さんも逃げるようにここを出ていきやがった。
逃げたんだ。
俺も、みんなも、全員あの人から逃げていたんだ。
届かないからと言い訳をした。強すぎるあの人の隣に立つことなんてできないとみんな逃げた。
だからあの人は全部一人で抱え込んだ。
そのまま死んだ。誰も自分を理解してくれることはないとわかっていた。俺たちに優しく微笑みながら、心はいつも泣いているような音がした。
俺たちがあの人を一人にした。一人で逝かせてしまった。
不死川の言う通り、立派な最後だっただろうよ。
霧雨さんを殺すような鬼に、あの夜だけは誰も殺させなかった。
一人で踏ん張ったんだよな。けど、俺が駆けつけたらあんたは俺を守ってば借りで本気出せなかっただろ。
あんたの隣で闘える奴はもう鬼殺隊にはいなかったもんな。
「無念、か」
俺は小さくつぶやいた。
いつまでもここにいたい気がした。
「俺なぁ、あんたのこと姉さんみたいに思ってたんだぜ。」
嘘みたいな話がしたかった。
「…昔、俺は兄弟を殺したことがあって……」
あんたに聞いてほしい話がたくさんあった。
笑ってくれるだろうか。楽しかったと言ってくれるだろうか。
俺はあんたの嬉しそうな顔を見るのが好きだった。
一人でぶつぶつと話し続け、気づくと朝になっていた。取り壊しに来た隠に催促され、俺は屋敷から立ち去った。
壊さないでくれ、と言いたかった。
けれど残ったところでもうどうしようもないし、放っておいても崩れてしまうような建物だ。
これでいいんだと思った。
思い込むことにして、俺はあの人に別れを告げた。
(忘れないさ。)
だってそれしか、あんたに会う方法はもうないんだから。