第13章 心だけだと耐えていたのに
「やめてってば!!!」
悲痛な声が聞こえて、右頬に痛みが走った。
気づけばの声がした。
どうやら、私の頬を叩いたのは彼女らしい。
「何をしているのです!!もう…!鬼は死んでいるでしょう!!!」
華奢な体から、ありったけの声量で怒鳴っていた。
私は自分の手が濡れていることに気づいた。
ぬるっとした。
血だ。
「……それは…返り血ですか?」
が布で私の手を拭く。
確かにそうだった。私はに化けた鬼を殴り付けた上に頚を斬って殺した。頚だけを斬れば良いものを、私は。
それでも足りず私は暴れ狂っていたのだ。ああ、何と嫌な血鬼術を使う鬼だったのか。
「触るなッ!!!」
思い出しただけで苛立ちが募る。
懸命に私にべっとりとついた返り血を拭く彼女の小さな細腕を力任せに振り払った。
「……。」
は驚いているようだった。
…私は、何を…
「まあ」
しかし、彼女はいつも通りの落ち着いた声音で言った。
「あなたをここまで怒らせるとは、馬鹿な鬼もいたものです。」
私の知る彼女だった。
思わず武器を放り出し、その場に腰を下ろした。
もう日の出が近い。
「……もう良い。行け。」
「………どこか怪我でも?」
「何でもない。」
ひどく疲れた。あの鬼の術は心をえぐる。
「……それじゃあ、隠を呼びましょうか。お館様には私から話を通しておきます。」
「いや、呼ぶな。…誰も呼ぶな。一人でいい。一人にしてくれ。」
私は何とか言葉を発した。
は頷いた。
「昼までに動かなければ、隠を呼びますから。それまでには心を鎮めてくださいな。」
「…承知した。」
「全く、ひどい鬼ね。」
まるで他人事のように彼女は私の前から去っていった。
あぁ、本当にひどい鬼だ。
『愛してる』
彼女の姿、声でその言葉をささやくとは。
聞けるはずもないのに待ち焦がれているその言葉を。
ああ、腹立たしい。
心だけだと耐えていた。
それがあれば良いと。
しかし、私は愚かな人間だ。
心だけではと思うのは、強欲な印なのだろうか。