第6章 霞とボタンと解放感
それから数年後。
実弥は今日もボタンを開けて開放的な姿で仕事から帰ってきた。
そのことに関してはもう何も言わなくなった。
「さっむ」
寒いなら前閉めろよって言いたかったが言わなかった。
「実弥」
「あ?」
「私さぁ、ボタン閉めろってやかましく言ったとき会ったじゃない?ほら、何年か前。」
聞けば、そんなこともあったと彼は頷く。
「あれね、会社の人がボタン三つ開けてる人は露出狂だ的なことを言ったからなんだよ。」
私が暖かいコーヒーをすすると、実弥は首をかしげた。
「は?別に良くね?」
「良くはないよ。」
まあ確かに、人の自由だよね。
冠婚葬祭も開けてるのはどうかと思うが。
「…実弥が悪い風に言われるのが私は癪だったんだよね。」
私はマシュマロを浮かせたココアを実弥に差し出した。
「でも、実弥がやりたいようにやれば良いって今は思うよ。」
幼なじみとして、一応そばで見てきたつもりだ。
実弥はそれを受け取って、一口飲んだ。
「………何か、俺明日も頑張れそうな気がする」
「…?あ、そのココア?おいしいよねぇ、ちょっと牛乳多めなの。」
私が言うと、実弥は笑った。
「ねぇ、寒いならマフラー買ってあげよっか?」
「あ?……ぁー…。」
実弥は小さく声を漏らして嫌そうな顔をした。
やっぱりいらないか、と思っていると…。
「お前がくれるなら欲しい」
少し照れたように笑ってそう言った。
「……買います…五万円くらいのやつ…」
「は?いやいや、安いので良いって…」
「生まれてきてくれてありがとう…」
実弥は変なやつだな、とココアにまた口をつける。
そんな彼を前に私はめちゃめちゃ暖かいマフラーを買おうと決意するのだった。