第6章 霞とボタンと解放感
「ボタンを閉めなさい」
悲鳴嶼先輩が実弥に言った。
「嫌です」
実弥がきっぱりと答えた。
えっ?
「………まさか、君それで仕事してるの…?」
私は大っぴらに開けられた胸元を指差すと、実弥はぷいっと顔を逸らした。
実弥はやたらと服に解放感を求める。
スーツさえボタンを閉めないので、多分職場につくまではだらんとしていて仕事となればピシッとしているんだと思っていた。
けれど、彼の仕事仲間の悲鳴嶼先輩のあの指摘でようやくそうではないと気づいた。
実弥は新米教師として教壇に立ったばかりなのだが、よくもまあそんな服装で挑めたものだ。
「ねぇ、何でボタンを閉めないの?」
「うるせェ」
「も~、先輩から注意されたのに…今日も閉めないの?」
昨夜、車があるのに飲み会で酒を飲んでしまった実弥。そんな彼を連れてきてくれた悲鳴嶼先輩がボソッと言ったのが思い出された。
「…ちゃんと閉めなきゃ駄目だよ」
「あァ、いちいちうるせぇな。」
「駄目だよ、女子生徒とか嫌がるでしょ。」
私は彼の胸元に手を伸ばした。
ボタンを閉めようとした。が、すっと身を引かれた。
「……ぐぬぬ…。」
私が悔しがっていると実弥はにやりと笑った。
「じゃ、行ってくるわ。」
同棲を始めて数ヵ月。
何だかこの挨拶も違和感がなくなってきた。
「行ってらっしゃい。」
恥ずかしかったけれど、今はすんなり言える。