第11章 ウルトルの涙(トラファルガー・ロー)
「記憶が混濁しているのね…」
「なに…言ってる…」
慈しむような視線。いつも向けられていた愛しさのこもる視線とは違い加護するような慈愛のもの。
「教えてやれ、クロエ」
背後から頭を撫でそう言うドフラミンゴに向けるその瞳は、離れるまで俺に向けられていたもの。ギリッと奥歯が鳴る。
「私もそうだったみたいなんだけど、記憶が無くなってるのよ…ローは混濁しているような感じだけど」
酷い怪我から目覚めたら自分が誰かも分からず、ずっと側にいてくれたドフラミンゴに失った記憶を教えて貰ったのだと彼女は笑う。
愛しげに向けるその先の男に殴り掛かりたくてこれでもかと体を揺らす。海楼石の鎖など、己で解ける筈もないのに。
「ローはね、麦わら達にいいように誘導されてしまったのよ…ドフィが貴方を見つけて迎えにいった最中戦闘になってしまって…こんなことに…」
「違う!お前は俺と共に…」
「もういい、休ませてやれ」
ドフラミンゴに肩を引かれ遠ざけられるクロエ。
潤む瞳で「洗脳って本当に恐ろしい…」と呟く彼女に、それはお前がされているんだと声を大にして叫ぶが本当の意味では彼女に届かなかった。また様子を見に来ると言い残し部屋を去るクロエを目で追う。近くで立ち威圧的にこちらを見下ろすドフラミンゴは手の中の小さな錠剤を目の前に掲げて見せた。
「フッフッ、よく効く薬だ」
「てめぇっ」
「シーザーに感謝を伝えてくれ。最高の素材が最高の形で手に入ったとなっ!」
精神が崩壊してもおかしくはない麻薬類いの劇薬。そんなものをクロエに飲ませたのか。
幼少より彼女の能力を欲していたドフラミンゴ。モネやヴェルゴを始末でき状況が落ち着いたことに油断して、他にも手先のものが来ていたことに気が付かなかった。ベビー5達ですら目眩ましだったのではないかと今では思う。
「さて、ロー。頭の良いお前ならどうするべきか分かるだろう。その席へと座れ。そうすればお前の部下として側に居させてやる」
心は俺にもどうにも出来ないがな。
サングラスの奥で笑うドフラミンゴ。
怒りで唇が戦慄き握った掌から血が流れた。
おわり。