第5章 お前が女として恥らえ(ロブ・ルッチ)
ブツクサ文句を言っているクロエに歩み寄る。
鏡と向き合っているクロエはじっと鏡に映るルッチを見る。なんだよ、と今にも口から出そうな視線。
ただそれに嫌味な笑みで返し、露わになっている背中に手を這わす。
今度は鏡越しではなく首だけ振り返ってこちらをみる。
「なんだよ」
「別に」
「じゃぁ離せ…!?」
傷に触れたらクロエの身体がビクッと大きく揺れた。
言葉も切れ、一瞬にして彼女の身体はルッチから遠ざかる。
背を壁に、威嚇するようにコチラを睨んでいる。
「傷に触るなよ!痛いだろ」
「だらしない」
「むかつく~っ!!」
毎回これだ。
男女が上半身裸で同室にいても、たとえ何も身に纏っていなくても、彼女はこうだ。
女としての意識が薄い(というか無い)のか、それともルッチが男として見られていないのか。
おそらくどちらもであり、それ以前に男女の意識などこれっぽっちもないのだろう。
それか幼い子どもの感覚のままなのか。とりあえず彼女は性という意識がとことん無い。
これから辿る道では、その女というのが武器になる任務もあるだろうに、これでは生かせるものも生かせなくなる。
カリファを見習え、と言ってやりたくなった。
だが口に出ることはない。
別に役に立とうが立たなかろうが自分には関係ない。
「ルッチ~早く入らないと【お偉い教官】の講義に遅れるよ」
少々学習したのかタオルを身体に巻きつけてシャワールームの扉に手をかけるクロエ。
そのまま入って扉を引く。だが、閉まりきる前にもう一度開き、中から何かが飛んできた。
真っ直ぐにルッチの顔へと飛んできたそれを片手で掴む。
握っていたのは黄色い、押すと【グヮッ】と鳴るアヒルのおもちゃ。
「ぷぷっ。似合わない~」
「…」
「落ちてたからあげるよ、ルッチ。可愛がってね」
「……」
掴んでいたものを思いっきり扉から顔だけ覗かせる彼女に向かって投げ飛ばす。
きゃー、という軽く笑いを含んでいる声と共に扉も閉まる。
「何がしたいんだ、あのバカ女」
転がったアヒルを見つめてルッチは悪態をついた。
自分もタオル片手に扉へと向かう。
足元に転がるアヒルを暫し見下ろし、屈んで手に取った。
握りつぶさん勢いで持ち、シャワールームへと足を踏み入れた。
「痛っ!!」
その後、アヒルはクロエの頭上へと落とされた。