第5章 蛇神さまに嫁入りします【伊黒小芭内】
先代の蛇神は生贄としてここに来た人間の娘を娶り、子を成した。
昔は生贄を喰らい、雨を降らしたりしていたらしい。
少し前から、生贄を喰らうことなく別の村に行かせ、そこで住むように言いつけていた。
俺の祖父母は蛇神だったと聞いている。
父親は生贄にされた母親に一目惚れし、娶ることにしたらしい。
最初は反対されていたらしいが、父親の熱心さに祖父母の方が先に折れたと聞いた。
父親と母親は人里から離れた場所にふたりで住んでいる。
それに伴い、ここの神殿は俺に譲られたのだ。
ここの神殿はこの近辺の村が生贄と称し、若い娘をここに置く一時保管場所のようなところだ。
俺にも自身の屋敷がある。
普段はそこに住んでいるのだが、最近は雨が満足に降っていないため、様子を見るためにここに来ていたのだ。
そしたら案の定、生贄をここに送り込むことを話していた。
人間はどうしてここまで傲慢になれるのか、と思っていた。
生贄にされた人間も、不満に思っているのだろうと思っていたが、その予想は外れた。
生贄にされた人間は、その事実をきちんと受け入れていた。
そんな人間を…椿姫を娶りたいと思ってしまった。
昔、父親に聞いた言葉を俺は思い出していた。
「どうして、人間の娘を嫁にしたのか?そうだなぁ…一目見て、衝撃を受けたんだ。真っ直ぐな目で俺を見ていた。その目が曇っていなくて彼女を知りたくなったんだ」
と、父親は懐かしむように微笑んでいたことを。
あぁ、こう言うことを言うんだ、と俺は知った。
そう思ったら、彼女を知りたいと思ってしまった。
持ってきた荷物は荷車ひとつだった。
最低限なものしか持ってきていないことに気づいていた。
俺は宮殿を出ると、近くの呉服屋へと向かった。
店に入る前に鱗のような肌を隠すように、ちょっとしたまじないをかける。
すると、鱗のような肌はすっとなにもない素肌に変わった。
ここは父親が母親の着物を調達していた場所で、俺にも馴染みがある。
ここで椿姫に似合いそうな着物など一式揃え、近くの簪が売っている店に行くと、そこでも複数の簪を買った。
荷物を荷車に乗せ、来た道を帰っている間にまじないを解くと元に戻った。
椿姫の驚く顔を思い浮かべ、ふっと笑った。
「あぁ、俺も大概だな…」
と呟きは誰に届くことなく消えた。
❄︎
