第3章 花のように微笑む君は【伊黒小芭内】
わたしがそう言うと、伊黒さまはハッとしたような表情を浮かべた。
『ふふふ、大丈夫ですよ。わたしは幸せですから』
わたしは微笑むと、伊黒さまは頬を赤く染め視線を逸らした。
『それにわたしは嫁がなくて良いと思っています』
わたしはそうハッキリと告げると、伊黒さまは目をほんの少し見開き、わたしの顔をじっと見てきた。
『ここに来るまでにわたしの噂を聞きませんでしたか?わたしを死神、疫病神だと。偶然が重なっただけで、そう言われるのです。鬼の存在を知らない人からすれば、父の死は不審死。鬼に殺された、それを誰が信じるというのでしょう』
伊黒さまはわたしの顔をじっと見つめると、ゆっくり口を開いた。
「君が疫病神ならば、俺の存在も同じようなものだ。俺は自分が生きたいがため、座敷牢から抜け出し、身内全員を鬼に殺された。ただひとり、生き残った身内に“人殺し”と言われた」
そう言うと、口元に巻いてある包帯を下に下げた。
『!!』
口元には古い、痛々しい傷が残っていた。
わたしは、はっと息をのみ口元を手で隠した。
「これはその鬼に…蛇鬼にやられたものだ。自分とお揃いにしたかったらしい」
そう言うと口元に包帯を戻した。
『なんと言っていいのか…とても…とても、苦しかったですよね、痛かったですよね…』
わたしはそんな言葉しか出てこない自分に腹が立った。
「あぁ…いまは鬼狩りとして生きるだけ、そう思っていた。いまは違う。俺は君を、椿姫を妻にしたい。この醜い傷が顔にある男が夫になるのは嫌だろうか…」
伊黒さまはそういうと視線を逸らしてしまう。
『わたしには、あなたのような人は勿体ないです。例え、お顔に傷があろうと伊黒さまはとても綺麗で、良い人だと思いますわ』
わたしは思ったことを言うと、伊黒さまはわたしの顔をじっと見つめる。
『伊黒さまがよろしければ、まずはお互いを知ることから始めませんか?』
「それは結婚を前提に、か?」
そういうと、伊黒さまは私の隣に移動し、わたしをそっと抱き寄せた。
『ふふふ、そうとも言いますね』
わたしは、伊黒さまの手にそれを重ねる。
「俺はすぐにでも妻にしたいくらいだ」
そういうとわたしの額に、まぶたに、頬に、手の甲に、指先に、最後に唇にそっと口づけをした。