第3章 花のように微笑む君は【伊黒小芭内】
あれから茶の間へ移動し、鬼狩りさまにお茶とお茶うけを出す。
ちゃぶ台を挟み、鬼狩りさまの前に座ると鬼狩りさまは口を開いた。
「さきほどは失礼した。俺は伊黒小芭内。急だが、俺の妻にならないか」
鬼狩りさま…伊黒さまはそういうとわたしの隣に移動し、また両手を握る。
『あ、あの…わたしをからかっていらっしゃるのですか?わたしの噂を聞けば、伊黒さまも幻滅しますわ』
わたしはやんわりと手を引こうとするが、それに気付いた伊黒さまはわたしの手をぎゅっとさきほどより少し強い力で握りしめた。
「そんなことはない!俺は君に一目惚れしたんだ!君以外、妻にしたいとは思わない!」
伊黒さまは綺麗な顔を近づけて、わたしの目を見るように言う。
その顔の近さにわたしの頬は赤く染まり、思わず顔を背けてしまう。
『あ、あのっ!お、お顔が…近いです…』
顔から火が出そうとはまさにことことなんだ、と心の中で思いつつ、この状況をどうにかしたい一心でやっと言葉に出すことができた。
「ん?あぁ、これはすまない」
そういうと伊黒さまはほんの少し顔の位置を戻した。
握りしめた手はそのままなのね、と思いつつわたしは疑問を口にした。
『あの…わたしたちなにも知らないですよね?わたしの名前も、お互いの好きなこと、好きな食べ物も。それに急に妻にと言われましても…』
わたしは視線を彷徨わせる。
すると、伊黒さまはたしかに、と呟くと手をゆっくりと離し、わたしの向かい側へ戻った。
「すまない。とりあえず自己紹介だな。さっきも言ったが俺は伊黒小芭内。こっちは友だちの鏑丸。好きなことは飴細工を見ること。好きな食べ物はとろろ昆布だ」
伊黒さまは一気に言うと、ふぅーと息を吐き出した。
『あ、えっと…わたしは藤の家紋の家の女主人、雪柳椿姫と申します。好きなことは…そうですね、読書でしょうか。好きな食べ物は甘味が好きです』
わたしは、伊黒さまにならうように自己紹介をした。
「さきほどもひとりだと言っていたな。両親はいないのか?」
伊黒さまは疑問を口に出した。
わたしはひとつ頷き、
『はい。ここはわたしひとりです。わたしの両親は病死、出先で鬼に殺されました』