第12章 傷跡ごと愛してる【錆兎】
『…うん、分かってるんだけど…彼が怒るの…すぐに出ろって…』
俺はこれはどうしようもないと思うと同時に、その男にどうしようもない怒りを覚えた。
「椿姫、もうそんなことは守らなくていいから。椿姫自身を優先しよう」
俺は椿姫の背を押すように中へ入る。
さすがに玄関先でのやり取りは近所迷惑にもなるし、椿姫に迷惑になってしまう。
椿姫もそれに気づいたようで、中は入ると鍵を閉めリビングへ案内してくれた。
『ソファかそっちのダイニングテーブルの方に座ってて。珈琲でいい?』
「あぁ、すまない。珈琲で大丈夫だ」
俺は話し合いに最適だと思い、ダイニングテーブルの方に座ることにした。
ダイニングテーブルは大きな窓の近くに置いてあり、外の様子がよく見える。
ほどなくして2人分のコーヒーカップを手にした椿姫がダイニングテーブルに来た。
『お待たせ。お砂糖もミルクも入れてないけど、いつもブラックだったよね』
椿姫は優しく微笑んでそう言った。
椿姫は俺の好みを覚えていてくれたようだ。
「あぁ、椿姫もブラックで飲めるようになったのか?」
『うん、ブラックも飲めるようになったよ。でも最近は甘いのが欲しくてカフェオレばっかり飲んでるかな…』
そう言うと、椅子を引き俺の向かい側に座った。
「椿姫。さっきも聞いたが、暴力男と別れたいと思っているか?いまは俺だけしか聞いていない。どんな答えでも俺は椿姫に手を挙げないし、なるべくそれを尊重したいと思っている」
『…うん』
「椿姫は俺に助けを求めた、だから俺は椿姫を助けたいと思っているし、守りたいとも思っている」
真剣な顔で椿姫を見据えると、椿姫の視線はテーブルの上のコーヒーカップを見ていたが、顔を上げると俺の目を見ると口を開いた。
『…わ、たし…あの人と別れたい…命がいくつあっても足りないよ…いつか殺されちゃうって思うくらい…怖いの…』
椿姫は大粒の涙をぼろぼろ溢しながら、心境を吐露した。
俺は椿姫の話を全て聞き、
「よく頑張ったな、椿姫。もう少しだけ頑張れるか?」
そう聞くと静かに椿姫は頷いた。
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