第10章 藤の花のかおり【冨岡義勇】
「…なら、俺と夫婦になるのはどうだろうか」
『えぇ、それもあり…えぇっ!?』
わたしは冨岡さんがサラリと言ったことをスルーしそうになり、ハッと我にかえる。
『冗談はやめてください、冨岡さん』
わたしはあの冨岡さんが冗談を言うわけがない、という主張と、あの冨岡さんが冗談を言うようになった、という主張が頭の中をぐるぐるまわり、混乱し始めていた。
『まさかあの冨岡さんがそんな冗談を言うなんて、しのぶさんに笑われてしまいますよ』
わたしは混乱しているのを悟られないように、微笑みながらそう言うと冨岡さんは座卓の向こう側からぐっと身体を近づけてきた。
「俺は冗談は言わない」
『え…』
「俺は雪柳を好いている。だから他の男じゃなく、俺を選んで欲しい」
冨岡さんの表情は真剣そのもの。
わたしは混乱のあまり口をパクパクと鯉のようにしながら、視線を不自然に彷徨わせることしかできなかった。
「雪柳」
冨岡さんに名前を呼ばれて、ゆっくり視線をそちらに向けるとどこか困ったような表情を浮かべた冨岡さんがいた。
「…雪柳を困らせたいわけじゃない。ただ他の男に嫁いでほしくなかったんだ…すまない」
冨岡さんは身体を戻すように座り直す。
わたしは考えるよりも先に、冨岡さんの手を掴むと視線を彷徨わせながらおずおずと口を開く。
『あ…えっと…わたし、も…知らない殿方より、知っている方がいいと思ってました…』
顔が赤くなっている自覚はあるが、ここまで言って引くわけにはいかない。
『わたし…本当は冨岡さんのことをお慕いしていました…恥ずかしくて、なんでもない顔していましたが…いつも心臓がドキドキ忙しなくて…』
何を言っているのか自分でもわからないくらい、どうでもいい事を言っている気がしたがもうそれどころではなかった。
「あぁ、俺もだ。雪柳」
冨岡さんは座卓の向かい側からこちらに来ると、わたしの身体をぎゅっと抱きしめた。
『!!』
ふわりと抱きしめる腕の力は、わたしを労るようにそれでいて離さないというかのように優しくも力強かった。
わたしは冨岡さんの背中に腕をまわし、羽織りをぎゅっと掴むように力を入れる。
どこか心が満たされるようだった。
❄︎