第10章 藤の花のかおり【冨岡義勇】
どうしてこんなことに…
わたしは茶の間の隅にちょこんと正座で座り、冨岡さんを横目で様子を伺う。
冨岡さんは気にした素振りもなく、お茶を湯呑みに注いでいる。
『冨岡さん…わたしやっぱり帰ります』
そう言って立ち上がろうとすると、その切長な目でじろりと見られ身をすくめる。
「ダメだ」
冨岡さんは一言そう言うと視線を戻し、お茶を注ぎ終えたらしく自身の反対側にすっと置く。
「…こっちに来て飲むといい」
冨岡さんはそう言うと、なぜかドヤ顔をしながらムフフと笑った。
わたしはおずおずと座卓に近づき、そこに座り直す。
『…どうして、わたしを冨岡さんのお屋敷に連れてきたんですか』
わたしは少しムッとしながらそう言うと、冨岡さんは一口お茶を啜ってから口を開いた。
「…危険だったからだ」
『はい?』
危険?なにが?
そう思っていると、冨岡さんは言葉足らずにぽつりぽつりと話し始めた。
「雪柳は稀血なのだろう。この時間帯だ、まだ鬼は活発に動いている」
それは夜だし、陽が昇っていないのだから当たり前だ。
それに鬼殺隊なら自分の命よりも、一般人の命を優先すべきだと思っている。
だからといって、わたし自身の命を軽々しく捨てようだなんて思ってもいないが。
『稀血だからと、易々と守られるのは違うと思います。不死川さんだって稀血でしたよね。男子だから、女子だからと差別をするのはどうかと思いますけど』
ついわたしは毒を吐いてしまう。
それに対して冨岡さんは慌てることもなく、ただ真っ直ぐな青い瞳でわたしを見ていた。
『わたしは守られるために鬼殺隊に入隊したわけじゃないです。稀血だからと、遅れをとるつもりもありません』
わたしはその青い瞳をキッと睨むと、ふいっとそっぽを向く。
あぁ、どうしてこんな子どもじみたマネを…と思うと同時に、後悔の念が押し寄せてきているのを感じていた。
はぁと小さくため息をつくと、冨岡さんに視線を戻し頭を下げた。
『…ごめんなさい、さっきのは完全に八つ当たりです。忘れてください』
「いや、俺の方こそ悪かった」
冨岡さんは間髪入れずそう言った。
わたしは驚いて顔を上げると青い瞳とぱちりと目が合った。
『いえ…最近、嫌なことが立て続けに起こってまして…』
わたしはぼやく様に小さく呟いた。