第8章 令和時代からこんにちは【伊黒小芭内】
わたしは茶の間に戻り、着替えを済ませた。
こっちの小芭内さんは小芭内さんであって、わたしが好きな小芭内さんとは違う…そう分かってしまった。
こっちの小芭内さんの椿姫さんを見る瞳には、いろんな感情が見え隠れしているのがわかった。
その瞳を見てわたしは小芭内さんに会いたくなったのだ。
わたしだけにその瞳を向けてほしい。
わたしだけにその手で優しく触れてほしい。
と、いろんな感情が溢れてきた。
わたしはなにも言わずに部屋を出てきたから、と書き置きを残すことにした。
書き置きを残し、玄関に置いてある靴を履き中庭に出る。
夜になり一段と冷えてきたのか、はく息が白い。
『小芭内さん…』
ぼんやりと小さな池を見ていると、身体がふわりと浮いた。
『!?』
この浮遊感は、と思ううちに景色が変わった。
気がつくと、学校の帰り道に立っていた。
『あ、れ…?』
手に持ってなかった鞄もいつの間にか持っていた。
慌てて時間を確認すると、時間が巻き戻ったかのように下校している時間だった。
『え…?』
ぼんやりとしていると、携帯の着信音が鳴った。
ディスプレイを見ると、会いたくて触れたくて仕方のない人愛しい人の名前が表示されていた。
ボタンを押し、電話に出ると
「椿姫、いまどこにいる?」
と、小芭内さんのほんの少し怒ったような、心配しているような声が聞こえた。
『え?いま、帰り道…』
「はぁ…たく、化学室に来いって言っていたの忘れたのか?」
電話越しにため息が聞こえ、仕方のないやつだというような声が聞こえた。
『あ…ごめんなさい、小芭内さん…』
「ん?仕方ないからな。俺の自宅で待っていてくれ」
小芭内さんはそう言うと、電話を切った。
わたしと小芭内さんは婚約者だ。
生徒と教師という立場だが、わたしが高校を卒業したら籍を入れる予定だ。
産屋敷校長先生も認めていて、知っている人は知っている関係ではある。
『今日、なにかあったかなぁ…?』
わたしはぼんやりと考えていた。
小芭内さんの自宅に着き、鍵を取り出し鍵を開け扉を開ける。
半同棲していることもあり、わたしの荷物もここに置いてある。
一晩こっちで過ごしても、明日に支障はない。
『あ…今日、金曜日だった…』
わたしはカレンダーを見て気づく。