第16章 想いを祝福にのせて
「ほら、行くぞ」
手を結び歩き出す。帰すつもりはないのにそう伝えたのは、反応が見たいオレの好奇心からに他ならない。
「ね、グリーン」
「なんだよ」
「香水消えちゃった」
「…仕方ないな」
歩みを止めて、ハグ。さっきはあんなに動揺してたくせに、自分から甘える時は平気なようで、ナナはすんなりと受け入れる。妙に素直でこっちの調子が狂っちまう。
「…ふわぁ、やっぱりいい匂いぃ…」
「ますますグリーン様に夢中になっちまうな」
「グリーン様じゃなくて香水に夢中なの」
なんて言いながら、オレにくっついたままナナは深呼吸を始めた。少し猶予をやったが、一向に離れる気配がないのでオレから引き剥がす。
「いつまでスーハーやってんだよ」
「あ……ごめん」
「今ので10分はもつだろ」
「10分?…そっか、10分だけ…」
「30分ぐらいハグしたら朝まで残るかもな」
「…全然ダメだと思う」
予想外の反応だったので聞き返す。
「なんでだよ?」
「……だって…服の上からだもん」
「……」
思考が固まり——項垂れて、気持ちを切り替えてから、ゆっくり顔を上げる。
一方でナナは、こっちの気も知らずきょとんとしている。
わざとなのか無自覚なのか、そんなのはもうどうでもよかった。
その誘いに、全力で応えてやるとする。
「なら、明日の朝どころか、一週間は香りを抜けなくしてやるよ」
「どうやって?」
「それは部屋で答え合わせな」
「部屋?」
「泊まれよ。今夜」
ナナは急に目を泳がせて取り乱し始める。
なにを今更焦ってんだか。大胆に誘ってきたのはお前だろ。
「あの、さ、さっきのはね、物理的な例えでして…」
「おう、お前のいう通り、物理で攻めることにした」
誕生日だし、少しぐらい激しくなっても大目に見てもらうか。
誕生日だし、な。
真っ暗な部屋の中、答え合わせが終わる頃には、ベースノートの残り香がふたりの息づかいを包み込んでいたのだった。