第1章 俺が彼女を好きになる迄の話。
「…おかえりなさい。あの、は…。」
「命に別状は無い。まあ当面は療養する事になるだろうが、安心しなさい。」
そう言って悲鳴嶼さんは息をそっと吐き出した。
「…………お茶、入れましょうか?」
「…頼もう。…みっともない所を見せたな。」
「いや、あんな怪我。珍しいっすもんね…。」
意気消沈。そんな言葉が似合うほど疲労している悲鳴嶼さんは、分厚い手を俺の頭に__ポスリ。と置いてから、静かに縁側に座った。
「は悲鳴嶼さんの大切な人なんですね。」
ちょうど夕暮れ時だった。お茶を用意して縁側に座る悲鳴嶼さんの横に湯呑みを置きながら、自然とそんな事を呟いた。
この人のあんなに慌てた姿は初めて見た。だからきっと、は悲鳴嶼さんの特別なんだろうと、俺はソレをすんなり理解したんだ。
「…どうだろうか。…ただ、生きて欲しいとそう思うだけだ。…本当にただそれだけの事だ。」
言葉では否定も肯定もしない。けれどやたらと暖かいその声色は大切だという事実をこれでもかと肯定している様に聞こえて、俺は思わず微笑んだ。
「悲鳴嶼さんにもそういうのあるんすね。」
「………明日は鍛錬を倍にするか。…南無。」
「え!?倍!?1日じゃ足んねぇんじゃ…。」
「やる前から諦めるな。…出来なくてもやるのだ。厳しいからこそ、鍛錬になる…よいな?」
「………はい。(すげぇ理不尽な照れ隠しだな。)」
明日は理不尽な照れ隠しのせいできっと身体が動かなくなるだろう。そんな事を思いながら、俺はその日眠りについた。そしてその日、夢を見た。