第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
懐中電灯を持って来てくれた楽は、自分も行くと言ってきかなかった。そんな彼を、天とスタッフと私で なんとか宥(なだ)め賺(すか)す。
それから、一刻の猶予も残されていないと 私はコテージを飛び出した。必ず2人で戻ると言い残して。
完全防備で出て来たが、やはり現実は厳しい。寒さは防寒具を突き抜けてくるし、何より足元の状態が最悪だった。
地に落ちた雪だが、あまりに気温が低いため一切溶け出さないのだ。そのせいで、積雪が大変なことになっている。一歩一歩が、なかなか進まない。いちいちズボズボと雪に足が取られる。
そしてやはり、吹雪の勢いは弱まることを知らない。上からというより、真正面から雪のつぶてが吹き付ける。さらに強い風に煽られ、一度地に落ちた雪が再度空に舞い上がる。
まるで上から前から下から、吹雪に襲われているようだ。息を吸うのが辛い。わずかに露出した肌が刺されるように痛む。前が見えない。
『 —— りゅ —!どこに ———!』
どれだけ叫ぼうとも、声は全部、白の世界に吸い込まれていく。それでも、私は懸命に声を絞り出し続けた。
不思議な事に、次第に寒さを感じなくなってくる。
漫画やドラマでは、雪山で極限状態に陥ると眠たくなるのが相場だが。幸い、まだ眠気は感じていない。が、やがてそんな状況に陥るのではないかという恐怖に襲われる。
そこで私は、腕に巻き付けたビニール紐に視線を落とした。その赤いビニール紐は、私と天を繋いでいる。つまり、この紐がある限り私が遭難する事はない。
業務用のそれは、500メートルの長さを誇る。なので、コテージから直径で500メートルの範囲しか移動出来ないという難点もあるわけだ。
ビニール紐が届く範囲内で、龍之介を見つける事が出来れば良いが…。
でも。もしもそれが叶わなかった場合は、この紐を断ち切る覚悟で、私は捜索を続けるのであった。