第36章 たぬき
「…ちょっと穂波」
『…?』
「脱がせないで 誘わないで」
『…あ、ごめん』
「いや、いいんだけど、すっごいいいんだけど… もう行かなきゃ」
『うん。 研磨くん、いってらっしゃい』
…あー危なかった。
いや出発前に玄関で、とか
相当いいけど…
…おれって自分で思ってるより、真面目に部活やってるな
とか、今更思った。
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今日はわっぱに入った弁当。2段。
チキン南蛮、ネギの入った卵焼き、いんげんの胡麻和え、
こんにゃくのきんぴら、にんじんのマリネ。
下の段に、梅干しとじゃこの混ぜご飯、たくあん、高菜。
「梅干しとじゃこ…」
『…焼きめしにしようかと思ったけどチキン南蛮だし、炒めるのはやめた』
「…? うん、おいしい。焼きめしバージョンも今度作ってね」
『…ん』
昨日みたドラマに出てきた焼きめしが
今日こんな風にその日のおかずと折り合いをつけながら
こんな風な形で再現…じゃないけど、生活に落とし込まれる。
…おもしろい
やっぱり穂波っておもしろい。
例え恋人じゃなくても、これはきっと感じてたはず。
おもしろいとか以前にもうどっぷりすきだから、
例えおもしろくなくてもすきだけど
もしすきじゃなくてもおもしろいな、とは思うと思う。
あれ?でもおもしろいな、がすきに繋がってくのかな。
じゃあ、結局おれは穂波のことすきになるのか
『おでんたぬきのおじさんにね、胸のところにある何かを溶かされたの』
「…?」
『溶けたのかなんなのか、こう、管みたいななにかの通り道的な…
そういうとこにあった小さな詰りをね、ぽんってなくしたの』
「………」
『すーってそこに本来流れるべきものが流れていくような感じ』
「………」
『あれはなんだったんだろう、とも思うけどそれ以上に』
「………」
『あの詰まりは何の詰まりだったんだろうって、気になってた』
「うん」
久々に聞く。穂波の異次元話。