第1章 今の二人
只々無駄に広い廊下には彼しかいない。
歩みはしっかりしていて、行く先の現状が分かる為か心なしか強めの足音が響く。
ひとつの扉の前で立ち止まった男は今一度襟を正す。
失礼があってはならないのだ。
「失礼いたします」
ノック二回に続いて声をかけるが、扉の中から返事はない。
分かっていた事にため息一つ溢すと再度断りをいれてから扉を開けた。
「クロエ中将、時間が迫っております」
部屋の主がいるソファまで歩み寄ると敬礼姿勢をとりそう告げた。
もぞもぞと動く部屋の主は間近で聞こえた声にも反応は返さない。
それどころか体に掛けていたブランケットを頭のてっぺんまで掛けなおした。
「今日も出席しなければ、大将自ら呼びにいらっしゃると…」
「どの大将?」
大将という言葉にピクリと体を揺らし、ようやくブランケットから出てきた目元は機嫌が悪いことを訴えている。
「サカズキ大将です」
「ああぁぁぁ…」
ため息とも唸りともとれる声を出した部屋の主に、男は部屋にあるサーバーでコーヒーを入れだした。
シャキッとしてもらう為にうんと濃いコーヒーを飲ませるのだ。
「面倒くさい…誰がどう金額あがったって私には一切関係ないじゃない」
仕留めたって賞金もらえる訳じゃないんだから。そう呟きながらも男が入れたコーヒーを受け取り、代わりにブランケットを渡した。
男はそれをキレイに折り畳むと、壁に立て掛けてある得物とコートを手にもって扉近くにスタンバイした。
暗に速く支度をしろと急かしているのだ。
「わかったわかった。そんな凄まなくたって今回はちゃんと出席するよ。さすがにサカズキさんとはやり合いたくはないからね」
「賢明ですね。私の寿命も縮まずにすみます」
「これが終わったらサクッとお出掛けしようか。どっかの海賊追いかける体で出れば大丈夫だよね」
「追いかける体ではなく、それが本職ですから真面目に追いかけましょうね」
立ち上がった細身の体に真っ白いコートをかける男は、その背にある正義の文字がなんだか歪んで見える気がして小さく笑った。
変なところまであのお方にそっくりなんだから、と。
「行こう、ジル」
だらけきった姿はもう何処にもなく、海軍中将としての上司がそこにはいて、お供します、と扉を開けて半歩下がった男、ジルは颯爽と歩く彼女の後ろをついていくのだった。