第1章 生殺しの蛇は人を咬む
放課後、ユウはまっすぐ図書室へ向かった。
「あ、ジャミル先輩…!」
黒髪の麗人を呼び止めようとした時、背後から伸びてきた手に口を塞がれた。間を空けず、冷たい金属質の何かが頚に押し付けられて、恐怖で躰が硬直する。
「コイツを殺されたくなかったら、俺の指示に従え。」
嗄れた男の声。焦る思考は頭蓋の中を乱反射して、熱く焼け付く。
「…ん?コイツ、女か?」
男はユウの体つきを指でなぞる。気持ちの悪い感覚に吐き気がした。
「へェ、中々の上玉だな。貧相だが磨けば何とか…」
生温い吐息が首筋に纏わりつく不快感に、口を押さえていた手に犬歯を突き立てた。
「いっ…このアマ!ただで済むと思うな、よ…?」
思いがけない痛みに男が手を放したほんの僅かな隙を突いて、ユウはジャミルの後ろに行った。それと入れ替わるようにジャミルが男に眠り薬を注射する。そして、昏倒した男を抜けられないように魔法で縄を出して拘束した。
「ユウ、もう大丈夫だ。」
あやすように抱き締められ、背中をぽんぽんと叩かれる。出ていたアドレナリンが止まり、ユウは思い出したようにジャミルにすがり付いて泣きじゃくった。
「上を向け。制服に擦り付けたんじゃ腫れる。」
ジャミルは頤に手を掛け、緩やかなカーヴを描く頬に伝う塩辛い涙をそっとハンカチに吸わせる。
「…すまない、怖かっただろう。」
「ジャミル先輩はっ、何もっ、悪くないっ、じゃないですかっ」
涙を掌で滅茶苦茶に拭ってしゃくり上げながらも思いを伝えようとユウは必死に唇を動かし、腫れ塞がりそうな声帯を震わせる。
「…嗚呼。ん?君、喉が少し切れている。医務室で診てもらおう。」
男の掌に噛みついた時に切れてしまったらしい。白く細い喉に小さく朱線が走っている。ジャミルは怒りが焦げ付く感覚を顔に出さず携帯電話を取り出した。
「その前に、学園長に連絡して引き取ってもらう方が先か…。」
地面に転がしたままの男を足蹴にしてジャミルが電話を掛けた。
数分後学園長が転びそうになりながら走ってきて、男を引っ立てて連れていった。