第1章 雨宿り
ーーあ、笑った。
先輩は滅多に笑わない。
もっと笑えばいいのに。
わたしは、先輩の笑った顔が好きだ。
だから、ロッカーなどで出くわしたら、ついしょうもないことをして笑わせようとして、呆れらてしまう。
素肌同士が触れ合う背中に、我ながら大胆なことをしてしまったなぁと思う。
温かい体温が伝わり、寒くはなくなったが妙に落ち着かない。
身じろぎもできずに、三角座りのまま固まる。
沈黙の中、雨の音だけが穴の中に響いていた。
1つ年上のカカシ先輩は、暗部に入隊した当初はすごく怖い人だと思っていた。
『任務の為なら仲間も殺す。』
そんな噂も聞いていたし。
でも実際に一緒に仕事をするようになって、それが間違いだということはすぐにわかった。
カカシ先輩は、絶対に仲間を見捨てたりしない。
暗部にいる以上、任務のために冷酷な一面を見せるときもあるが、ときたま見せる優しさに、わたしは何度も救われてきた。
言葉数も多い方ではないが、年下のわたしやテンゾウをいつも気にかけてくれる。
「同盟は、反故だな。」
先輩の発した言葉に、一気に現実に引き戻される。
「はい。
どう考えても、待ち伏せされてましたもんね。」
戦争は終わったが、里同士の小さな小競り合いは続いていた。
今日の任務は、同盟の有無を見極めること。
三代目から預かった同盟の内容が書かれた巻き物は、今もカバンの中に眠っている。
「当たり前だけど、戦争が終わったからって、すぐに平和な世になる訳じゃないんですね…。」
わたしは戦争の最中に生まれ、親に捨てられていたのを三代目に拾われ、この里に来た。
わたしみたいな子どもがいなくなればいい。
いつもそう思ってやってきた。
ぎゅっと拳を握ると、ゴツ、と先輩が頭をぶつけてくる。
「イテっ。」
痛みに顔をしかめ先輩を振り返ると、顔だけ少し振り返った先輩と目が合う。
「それでも少しずつよくなってきてる。
きっとこれからもよくなってくよ。
そのために、オレらはオレらの仕事をしてくしかないでしょ。」
「…はい。」
悲しい気持ちになっていたわたしを察して、言ってくれたんだよね。
やっぱり、優しいな…。
胸が温かくなり目を閉じる。
パチパチと火の爆ぜる音、カカシ先輩の規則正しい微かな呼吸の音を聞いていると、疲れもあってか急に強い眠気に襲われ目を閉じた。