第75章 静かな時
「ご、ごめん、俺……」
「暴走してんじゃねえ!この馬鹿頭!!」
「いや、本当に、ごめんなさい」
「びっくりしただろうが!!」
光希は炭治郎の鴉を肩に乗せて、走って行く。
「待ってよ!」
「やだ!お前危険だ!近付かない!」
「おい、言葉戻ってんぞ!」
「うるせー!!」
彼女を追いかけながら、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「光希、『びっくりした』って言った?」
「…………」
「びっくりしただけなんだな?嫌、とかじゃなくて」
「…………」
「ふふふ。なあんだ、よかった。びっくりさせてごめんね?」
「………別に」
「そもそも、光希も悪いんだよ?ご両親の前で俺のことあんな風に言うんだからさ。ぶっ飛んじまうって、男ならさ」
「………理性、頑張れよ」
「いつも頑張ってんだよ、めいっぱい」
善逸は走る光希の手を取る。
彼女を止まらせて、笑いかける。
「俺、あまりにも嬉し過ぎて、好きが理性を越えちゃった」
「越えんな。馬鹿たれ」
「すみません。でも、好きなのは本当」
「…………」
「ご両親にもご挨拶出来たし……。ね、光希。俺と結婚して」
「………出来ない」
「うん。そう言うと思った」
善逸は光希を抱きしめた。
「じゃ、恋人になって」
「…………」
「とりあえずさ。もっかい。ね?結婚はまだいいから」
「…………」
「俺、お前以外考えられねえもん」
「決めつけは世界を狭めるぞ」
「じゃあ俺はその狭い世界の中でいい。そこにお前がいる世界なら、狭くていいんだ」
格好いいこと言った、と善逸は思った。
しかし、抱きしめた腕の中から低めの声がする。
「俺は嫌だ。狭い世界なんてまっぴらゴメンだ」
「え……」
「俺はこれからもいろんなことやるんだ。きっとそこにはいろんな人がいる。沢山の人と出会って、俺は変わっていくぞ」
「……俺は置いてきぼりか」
「そうなるな」
「…………」
「変わっていくけど……、まあ、俺も、結局戻ってくるんだろうな……悔しいけど」
「………え?」
「誰かさんのところにね」
光希は善逸の腕から抜けて歩き出す。
前を向いて、力強く歩いていく。