第75章 静かな時
「……これ、使ってくれてるんだな」
「使ってますとも。私の宝物だから。今日は絶対に泣くってわかってたしね」
「そっか……ありがとう」
嬉しそうな顔で、炭治郎は波千鳥の手ぬぐいを見つめた。
「カナヲにちゃんと会いに行きなよ」
「わ、わかってるよ」
「振られちゃうぞ」
「……大丈夫だよ」
「どうかしらね」
「……またいろいろ相談させて」
「あはは。ねえ、叔母様、どう思います?なかなか恋愛下手に育ってますよ?小さい頃はわりと積極的だったと思うんですけど……」
「ちょっと!母さんに言わないでくれよ!」
「あはは」
炭治郎と光希は、肩を寄せ合ったまま微笑み合っている。善逸は縁側からそっと、その様子を見ていた。
二人のこの世界には入っていけない。
それはわかっている。自分の知らない世界が、彼女にはある。
「あ、伊之助さん!まだ食べちゃ駄目ったら!」
「うまそー!なんだこれ!!」
「もうっ!善逸さん、取り上げてください!」
居間が騒がしくなったので、善逸は彼らから目を逸らしてそちらへと向かう。
「こら、伊之助。お土産は炭治郎が戻ってきてからだ。皆でいただくの」
「おい、善逸凄えぞ。これ、なんだ?」
「ん?おお、カステラだな」
「これは金平糖だろ?知ってるぜ!」
「おい!だからまだ食うなって!こらっ!」
三人がお菓子の箱を取り合っていると、炭治郎と光希が戻ってくる。
「お邪魔します」
「どうぞ」
声をかけて光希が家に上がる。
「覚えてるか?」
「うん。懐かしー……」
光希が目を細めて屋内を見渡す。
炭治郎が柱の傷を光希に見せて笑う。下の方に『めっちゃん』と書かれた傷があった。
「私、ちっさ!」
「な? ね、見てよ。俺のほうが大きかった」
「ほんのちょっとじゃん!」
同じ日にちで『たんじろう』と書かれた傷が、光希の傷より少し上に引かれていた。
光希はその古い傷を、愛おしそうに指でなぞる。当時に想いを馳せているのだとわかる。
善逸の胸が、またチクリと痛んだ。