第10章 想い
「送らなくていいのか」
「大丈夫よ。走って帰るし」
光希が草履の紐を硬く結び直す。
「善逸も任務からそのままここに来たし、疲れてるでしょ。真っ直ぐ蝶屋敷に帰って」
「……じゃあ送らないけど、気をつけろよ」
「うん。ありがと」
光希は髪を高い位置で結び、置き薬の包みを左手に持つ。
「じゃあ、またね」
「おう、またな」
そう言うと、ひゅぅっと呼吸をして光希は林の中を走り出す。人に迷惑をかけないよう、街道じゃない道で帰るのだろう。
善逸が言わなくても、光希は苦手な女言葉を使い続けてくれた。彼女なりに頑張ろうとしているのだろう。
まだまだ兄弟関係が色濃くはあるが、今日一日でかなり進展したことが嬉しく、善逸はだらしない笑顔を浮かべて蝶屋敷に帰った。
帰りが遅いことを心配してた炭治郎に、速攻で「光希の匂いがする。光希と会ってたのか?」と指摘され、善逸は「内緒にしてくれな」と断りをいれて全て話した。
「そうか!良かったなぁ善逸!」
「まだ、(仮)だけどな」
「いやいや。凄いよ。ずっと好きだったもんな」
「ずっと……なのかな。俺、鬼殺隊に入るまであいつのこと男だと思ってたんだ」
「え?そうなのか?」
「うん。お前は一発でわかったのにな。俺は八年気付かなかった」
「そうなのか……逆に凄いな」
「笑っちゃうよな」
「でも、きっとその八年で、誰にも入り込めない絆を、二人は作ったんだよ。兄弟として。だから、兄弟愛が強いのも仕方ない」
「炭治郎……」
「安心しなよ。その(仮)ってのも、そのうち絶対外れるから。俺はそう思う」
にこりと笑う炭治郎に「お前、本当に良い奴!なんなら光希より優しー!!」と抱きついた。
すると伊之助が「何やってんだ、相撲か?混ぜろ!」と入って来たので、伊之助にも報告をする。
伊之助は恋愛事はわからなそうにしていたが、「お前とあいつが『つがい』になったってことか?」と一応の理解は示した。「お前ホワホワしてんな。よかったな」と言ってくれた。
人に報告することで実感も生まれるものである。親友からの祝福と共に、幸せが込み上げる。
生きててよかったな、と思う。
『生きてりゃどうにかなるかもしれない。そうだろ?』
――幼い光希の声が聞こえた気がした