第74章 最後の仕事
「もう鍛錬の必要はない」
「人生は一生修行だと聞きます」
「……お前はまだ休まないのか」
「ふふふ」
義勇は呆れたような顔をして光希の隣に座り、目を閉じる。
二人は並んで瞑想をした。
心穏やかに集中していたが、不意に義勇の気配が乱れたので光希は目を開けて隣を見る。
彼は静かに床を見つめていた。
相変わらず表示は乏しいが、悲しみの色が滲んでいる。
「………寂しいですね」
「そうだな」
「私は寂しすぎて、蝶屋敷に居られませんでした。仕事とか理由をつけて、ここへ逃げてきました」
「そうか」
「ごめんなさい」
「謝ることではない」
義勇は左手で光希の頭を撫でる。
「お前は俺の可愛い弟子だ。いつでも逃げてくればいい」
「義勇さんの方が辛いのに」
「俺は大丈夫だ。想いは消えない。今は驚く程、近くに居られる気がする。前はあんなに遠く感じていたのにな」
光希にそう語りかけ、柔らかく微笑む義勇。
「………え、本当に、貴方誰ですか」
義勇のあまりの変化ぶりに、流石に耐えきれなくなって涙目のまま突っ込む光希。
「…………」
「確かに戦闘中に頭打ってましたけど」
「…………」
「もしかして……、なんらかの血鬼術くらってます?」
「…………」
「ねえ、義勇さん」
「……もう撫でてやらん」
義勇は拗ねたように手を離す。
途端に噴き出す光希。
「嘘ですよ、ごめんなさい」
「逃亡兵は蝶屋敷に帰れ」
「やだー!匿ってくださいよー!」
「しのぶに説教されればいい」
「しのぶさんの説教、超怖いもん!嫌だ!」
義勇は立ち上がる。
「そろそろ飯だ。行くぞ。ちゃんと食え」
「母ちゃんのご飯!久々で嬉しいです」
「椎茸沢山にしてやる」
「わ、まだ怒ってる。そして、やることが大人気ない。ま、椎茸出たら村田さんに食べてもらお」
光希は稽古場にお辞儀をして、笑いながら義勇に付いていく。
光希は一月の間をこの冨岡邸で過ごした。
仕事に追われていたが、戦死者と向き合うことで悲しみも少しずつ浄化されていく気がした。