第73章 年越し
光希が自分の病室に帰ってくると、善逸が熱心に本を読んでいた。
「あ、居たの、善逸」
「おう」
「本読むなんて、めずあしい」
「めずあしいでしょ」
「………しばかえたいの?」
「しばかえたくないでーす」
光希はプイッとそっぽを向いて、ベッドに腰掛ける。
「………ら、り、う、れ、お……っ、いって」
光希は言いにくい「ラ行」を言おうとして、口を押える。舌先に痛みが走る。
「ちょ、ごめんて!無理すんなよ」
善逸が本を閉じて机に置き、慌てて謝る。
「てて……」
「ごめんごめん」
「………ら、らら、らー、りー」
「やめろっての!もう!」
「喋えないの、やだ!」
「駄目!」
「お前が馬鹿にすんだおが!」
光希が口を尖らせて文句を言う。
「だって……可愛いから……つい」
善逸が光希から目を逸らして、照れくさそうに言う。光希が驚いて目を丸くする。
「可愛い?」
「うん。小ちゃい子みたいで可愛いよ」
「幼児音のこと?そえは、サ行音がシャ行やチャ行、タ行になっちゃうんだよ。『魚』が『おしゃかな』とかね。今の状況とは違う」
「そんな専門的な事は聞いてねえんだよ!」
善逸は相変わらずな光希に突っ込みを入れる。
「どこ行ってたの?」
「カナヲんとこ」
「それで……少し目が赤いのか」
「………えへへ」
「そっか」
善逸はゆっくり立ち上がって杖を使って歩き、ベッドの所まで行く。光希の隣にぽふっと座る。
「ちゃんと話せたの?」
「うん」
「偉いな」
「えあくない。わういことしたあ、あやまーなきゃいけないだけだかあ」
「………ん?もっかい言って」
「やだ」
「ははは、嘘嘘。悪いことしたから謝りにいったのな」
「聞こえてんじゃん」
「はい、聞こえてますよー」
光希は出来るだけラ行を回避して話すようにしているが、ぼんやりすると今のようにラ行が沢山入る言葉を選んでしまう。
「別にあれは悪いことでもないんだけどな」
「………」
「カナヲちゃん、怒ってなかったでしょ」
「………うん」
「よかったね」
「うん。………でも、やっぱ、申し訳ないよ」
光希は悲しそうな顔をして俯く。