第72章 笑顔を見せて
善逸が光希の部屋に来たとき、彼女はまた窓辺にいた。寒いので、病衣の上に綿入れの半纏(はんてん)を羽織っている。
善逸の気配に気付いた光希はゆっくりと振り返る。
短い髪が、風に吹かれて靡いた。
光希は、口元にうっすらと微笑みを浮かべている。
表情からは感情が読み取れない。
だが、音は強い覚悟を奏でていた。
善逸は嫌な予感がして、部屋の中に入らずに入り口に立っていた。
すると光希は善逸に向けて手招きする。
『いい読みだ』と言われている気がした。
彼女は窓を閉めた。
善逸は迷ったが、部屋に入る。先手を打って光希を抱きしめた。持っていた杖がカランと音を立てて倒れたが、善逸は器用に片足で立っている。
「………なに?どうしたの?」
耳元に口を寄せ、彼女に聞く。
少し緊張が含まれた声。
光希は善逸の腕からするりと抜け出して、杖を拾って善逸に渡す。自分は机に向かう。
善逸は眉を寄せる。
これから言われるであろうことを確信した。
光希は椅子に座り、隣の椅子を指差す。
座れということだろう。
善逸は動かない。
光希はそんな善逸をじっと見つめる。
お互い無言だが、思考を巡らせている。
先に動いたのは光希。
立ち上がって棚に行き、小さな袋を取り出す。
善逸に笑いながら袋を見せ、また椅子に座る。
袋の中身は金平糖。
一つ取り出して口に放り込む。
舌が痛いのか、少し顔を顰めた。
金平糖の袋を机に置いて、笑いながら手で指し示す。
お菓子で吊ろうというとこらしい。
ずっと見たかった笑顔がそこにある。
でも、違う。
これは楽しくて笑っている訳じゃない。
この先にあるのは、……間違いなく別れ話。
なんて残酷な女だ。
俯きながら、善逸はゆっくりと椅子に向かった。
善逸も、ちゃんと話をしなければいけないとは思っていた。有耶無耶のままでは良くないのもわかってる。だが、別れを受け入れる気なんて毛頭ない。
善逸が椅子に座ると、光希はほっとした表情をした。
善逸は光希を見ない。
金平糖にも手を伸ばさない。
光希は机の上に置かれたメモ用紙に、左手で文字を書く。