第72章 笑顔を見せて
「……っ、…うあぁぁ……、ううっ……くっ……」
光希は窓辺に蹲って、ぼろぼろと涙を流す。すがるようにチュン太郎を頬に寄せ、泣き崩れた。
「えっ!ちょっと、何っ!!どうしたの光希っ!!」
様子を見に来た善逸が、慌てて光希に声をかける。杖を捨てて、光希に這い寄った。
「どうした?!どこか痛いのか?頭?お腹?」
チュン太郎も光希の手の中でオロオロとしている。
「チュ…チュン……」
「え?チュン太郎?何でここに?」
善逸も驚いたようにチュン太郎を見る。
花を持ってきたのは善逸の指示ではない。
チュン太郎の頭に付いている泥や、足や身体の冷たさ。寒い中、一生懸命花を探して、咥えて持ってきてくれたのだとわかっていた。
チュン太郎の優しさと、こんな小さな動物にも心配させていることが伝わって光希は泣いた。
別に、窓から飛び降りるつもりはなかった。
この生かされた命を、自ら断つ。そんなことは今となってはもう許されない。死んでいった者たちに、それこそ申し訳がたたない。
ちゃんとわかっている。
それでも己の弱い心がそれを望み、頭によぎったのは事実。
「………うわぁぁぁぁ……ううっ……」
「……光希」
それをこの小さな命が救ってくれた。
薄紫色の羽織にくるまれたまま桐の箱に入っている、今は亡き光希の盟友と同じように。
善逸は光希の涙の意味はわからないが、今までは感情薄く泣いていた光希が、強い悲しみの元で泣いているのが音でわかった。
とりあえず黙って背中をさすってやる。
しばらく号泣すると、チュン太郎が持ってきたカタバミの花を握ったまま、光希はこてんと眠ってしまった。
様子を見に来た伊之助に頼んでベッドまで運んでもらい、光希を寝かせた。
「……おい。夕飯ん時、俺とお前とでこいつに飯食わせるぞ」
眠る光希を見て、伊之助が言う。
「おう」
「食わせなきゃ駄目だ」
「そうだな」
「野生の奴らは食って怪我治すんだ」
「光希は野生動物じゃねえよ」
「似たようなもんだ」
「まあ、な」
「こんな弱々しいの、光希じゃねえ」
伊之助は心配の音をさせながら、プイッと病室を出ていった。