第72章 笑顔を見せて
物音がして、光希は目を覚ます。
点滴が終わって腕から外されていたところだった。
「あ、光希さん。起きましたか」
きよに声をかけられて、光希はむくりと身体を起こした。
ありがとうの意味で、ぺこりと頭を下げる。
「舌、見せてください」
圧迫止血をしながらきよがそう言うので、彼女に向けてべぇと舌を出す。
「良くなってきてますね。傷口も綺麗ですよ。気を付ければ食事出来るんですからね?お粥ありますけど、食べますか?」
そう聞かれて、光希はふるふると顔を横に振った。
「食べないと、ずっと点滴ですよ?」
光希は俯く。食べる気はないようだ。
「もう……。夕食は絶対に食べてもらいますからね!」
きよは苦笑いをしながらそう言って、空になった点滴を持って部屋から出ていった。
光希はベッドに座ったまま、いつものようにぼーっとする。
皆に心配をかけている。
それは、痛いほどにわかっている。
でも、頭が動かない。
心も崩壊寸前で、自己防衛の為に閉ざしているのがわかる。
きよが換気で開けていった窓から昼の光が差し込み、鳥たちの鳴き声が聞こえた。
光希はベッドから降り、ふらふらと窓辺へ近寄る。
冬の冷たい風に身体を震わせる。
窓から外を見る。
初めは空を見ていたが、次第に目線は下にさがっていき、地面を見下ろす。
飛び降りたら楽になれるのか。
ふと、そんな思考がよぎる。
ここは二階。
普段の光希なら楽々着地出来てしまうが、弱りきった今ならいけるかもしれない。
即死を狙うなら頭から行かねばならない
だとするなら、落ちる姿勢……落下速度と地上までの距離……土による衝撃緩和を考慮して……
久々に頭がカチカチと動いた。無意識に恐ろしいことを考えていると、すぐそばで羽音がした。
窓枠に降り立ったのは、チュン太郎。
その小さな嘴に、黄色い花を咥えている。頭には泥が付いており、気になるのか頭を何度もぷるぷると振っている。
光希が左手を出すと、ぴょんと飛び乗ってきた。足が氷の様に冷たい。
チュン太郎は光希の手のひらの上に咥えてきた花をぽとんと置くと、もこっと膨らんで「チュン!」と鳴いた。
光希は膝から崩れ落ちた。