第72章 笑顔を見せて
宇髄が帰った後、善逸は光希の部屋に向かった。
病室の戸が開いていたので「光希、入っていい?」と声をかける。
光希は今喋れないため、着替え中など入室NGの時は部屋を閉めている。
戸をそっと開けてひょこっと顔を出して中を覗くと、光希は丸まって寝ていた。
善逸はベッド脇の椅子に座り、杖を床に置く。
光希の寝顔をじっと見つめる。起きる気配はない。
「ねえ……辛いの?」
話しかけた声は、少し掠れていた。
「辛いんだよね……」
光希は目を開けない。
「俺がこうしてちょろちょろするのも、本当は嫌なのかもしれないね」
光希は意識を取り戻してから、わかりやすい程に善逸に近付かない。善逸から唇を寄せたり抱きしめることはあっても、光希からは一切ない。
炭治郎との口付けを気にしているのだろう。申し訳なさそうに俯いているだけだ。
善逸も避けられている状況がしんどくて、最近はあまり光希に触れることが出来ずにいる。
思えば光希と過ごした長い月日の中で、こんな事は初めてだった。
そもそも、この鉄砲娘は皆が全力で止めても振り切って駆けていってしまうのが常だった。
「やめろ!」「待て!」などを通算三百回は言ってきたな、と善逸は思う。
思ったことは基本的に何でも言うし、さらりと嘘なんかもついてヘラヘラと笑っている。
困った顔をしながら黙って俯くなんて考えられない。
それが、この豹変ぶりだ。
宇髄が驚くのも無理はない。
善逸は彼女の前髪をそっと撫でる。
「俺は、お前の笑顔がまた見たいよ」
腹踊りでもすれば笑うのかな。
いや、ドン引くだけだよな。
そんなことをぼんやりと思う。
「声が聞きたい。『善逸』ってさ、俺の名前呼んでよ」
光希は深く眠っているようで、反応がない。血が足りないのだろう。意識とは別に、身体は回復しようとしている。
善逸は点滴が無くなりそうになってるのに気が付き、杖を拾って立ち上がる。
なほたちを呼びに、松葉杖を使いながらゆっくり歩いて光希の病室を出ていった。