第71章 運命の子
『月の如き希望の光』
これを歌っていいものか、迷う。
でも、これ以外に思いつかない。
二人で作った愛の歌はこれしかないから。
流行りの恋の歌……なんてものじゃ届かないと思った。
光希を連れ戻すには、これしかない。
善逸は想いを込めて彼女に歌いかけた。
月の見えない夜の闇
あなたと紡ぐ 愛のうた
善逸は、お風呂場のときのように光希の背中を叩きながら歌う。
本来より少しテンポをゆっくりにして、言い聞かせるようにゆったりと歌う。先程とは違い、涙声にはなっていない。
とても落ち着いている。
求めるものはただ一つ
あなたと共に いつまでも
彼女の冷たい身体に、自分の体温を分け与えるように抱きしめる。彼女がまたひとつ呼吸をした。
♪…… ♪………
大丈夫 そばにいる
光希が一人で歌う部分は歌わない。
「ここはお前の所だろ?」と彼女に言うかのように。
二人で繋いだこれまでを
これからに変えて
どうか、どうかと祈りを込める。
そして、最後の歌詞。
本来は「わたしだけのあなたを、今は見えない月の光に託して」となっているところを、善逸は歌い替えた。
俺だけの女神に
今溢れ出す 煌めく愛の祝福を……
――――光希の深淵で、
トクンとひとつ音が鳴った
初めて二人が出会った日。
あの時心で鳴った音と同じだった。
これは、始まりの音。
何かが……動き出す音だ。
この一瞬一瞬ごとに、あの日はどんどん過去になり、遠ざかっていく。
それでも、そこから紡いできた長い刻は、この先の未来へと繋がっている。
善逸の耳だけが、その微かな音を聞いた。
大きな目をフッと細め、目元に涙、口元に笑みを浮かべて、嬉しそうに彼女に頬を寄せた。