第71章 運命の子
光希の呼吸音と心音はほとんど無い。
善逸の耳は正確にそれを捉えてしまう。
それに何より、「生きようとする意志」がまるで感じられない。彼女が、もういいんだ、楽にしてくれ……と言っている気がした。
「善逸……光希を連れ戻してきてくれ」
炭治郎が泣きながら言う。
「……ううっ…ど、どうやって、だよ……俺には光希みたいな特殊な血はねえんだぞ……」
「わかんないけど、善逸なら、出来る……善逸にしか、出来ない……」
「で、でも……」
「考えろ……善逸……頼む………」
炭治郎は疲労からの目眩で目を閉じる。
禰豆子と伊之助が手伝い、隠と共に炭治郎は応急処置をされていく。
………考えろ?
善逸は光希を見つめる。
そう。今までに何度も光希に言われた。
『考えろ』『頭動かせ』
今、考えなくて、いつ考えるんだ。
光希の青白い頬にそっと触れる。
だいぶ冷たい。
血だらけの口元を袖で拭いてやる。
何度も重ねた桃色の唇も、今は紫色だ。
「なあ……光希」
善逸は涙を拭いて、呼びかける。
「お前は、死にたいのか?……誤魔化してばっかりで…口にはしなかったけど、ずっとそう思ってただろ?」
善逸は、光希の前髪を指でさらりと払う。
「そうだとしてもね、俺はお前に死んで欲しくないわけよ。どうしても」
光希の呼吸が静かに止まる。
「我妻!心肺蘇生だ!」
「……今、息、吹き込んだら……口の中の血も肺に入れちゃう」
「くっ…、しかし」
脈を取りながら、義勇が俯く。
善逸はぐっと顔を光希に寄せ、胸元をとんとんと叩いてやる。
驚くほどに善逸は冷静だった。
「光希ー?聞こえるー?ほら、息してー?」
すると、光希はコフッとひとつ咳をして、はぁっと息を吸って吐いた。
「!!……聞こえて、いるのか?」
義勇が善逸を見る。
しかし、またすぐに彼女の呼吸は止まる。
今のは偶然だったのか。
「………、誰か、光希を持ち上げて、俺の身体に乗せてもらえませんか」
善逸が顔を上げて伝える。
善逸はその間も「光希、光希……」と呼びかけ続ける。