第71章 運命の子
光希は素早く炭治郎の懐に潜り込み、流れるように足払いをかけた。
炭治郎は後ろに倒れる。
仰向けに倒れた炭治郎の右側に回り込み、右肘で炭治郎の肩を抑え、体重をかけて上にのしかかる。右腕を通して、体中に激痛が走った。
「……うぎっ…!」
痛みで気を失いそうになる。
グラリと揺れる感覚の中、それでもなんとか自分を保とうと耐える。
倒されて抑え込まれた炭治郎は、鬼の姿のままではあるが、ぼんやりとして暴れない。炭治郎の赤い鬼の目が光希を見ている。
「そうそう。お利口さんだね、炭治郎ちゃん」
「……ガァ…グワウ……」
「よしよし、いい子いい子」
光希は左手で炭治郎の頭を撫でる。
顔をぐっと近付けて目を合わせる。
「光希は、このために生まれてきたのかもしれないね」
とてつもない痛みの中、光希は炭治郎に笑いかける。
「今から、連れに行くからね」
善逸は歌う。
涙が止まらない。
それでも歌う。
自分と光希を繋ぐのはこれしかないから。
どうしてもそれを断ち切りたくなくてひたすらに歌う。
炭治郎と光希の絆の中に入り込めないとしても、せめて耳から聴こえていて。少しだけでも俺を心の中に置いておいて。お願いだから。
そう思って歌い続けた。
善逸の優しい歌が流れる中、光希が炭治郎の耳元で囁く。
「きっと戻れるよ。だって光希は炭治郎ちゃんの……――」
ごめん…カナヲ
ごめん……炭治郎
ごめんね………善逸
―――――運命の子、だから!!!
光希はスウッと息を吸い、炭治郎の口を覆うように、自分の口で塞いだ。
善逸の歌が、フッと止まる。
こんなの、出来る事なら見たくない。
自分に対する裏切り行為だ。
それなのに……炭治郎に口付けする光希はまるで女神のように美しく感じられ、善逸は目を背けることなくその光景をしっかりと見ていた。
不思議と怒りも悲しみも湧いてこない。こみ上げるのは止まらない涙。
ただ、この愛を紡いだ歌を歌い続けることは、もう出来なかった………