第70章 最強の鬼
戦闘中。
皆の前。
そこでの口付け。
長い鬼殺隊の歴史の中でも、かなり稀な出来事だろう。
口付けされた善逸の思考は完全に止まり、周りの人間も唖然としている。
ちゅっというリップ音がして唇が離されると、光希はスッと炭治郎に目を向けた。
「後、一手なんだ。最終手段を使ってくる」
「……最…終手段?」
「歌で援護、頼む」
「光希、なにを……っ」
今、なにをしたの
今から、なにをしようとしてるの
なにを歌えばいいの
善逸は混乱して上手く言葉を発せないまま光希に聞く。
「なんでもいい、お前の好きなので」
光希は善逸の一番最後の疑問にだけ答えて、立ち上がる。
もう善逸の方を見ない。
………あ、光希が行っちゃう
『必要な時は、迷わず炭治郎のところへ行く』
善逸は前に光希がそう言っていたのを思い出す。
………それが、今…ってことなのかよ
俯いて、両手をギュッと握る。
嫌だ
嫌だ嫌だ
行かないで
心が叫びだしそうになる。
手を伸ばして彼女を捕まえて、自分の胸に引き寄せたい。
離すもんかと、強く強く抱きしめたい。
でも………
そうじゃ、ないんだよな…………
俺は……
お前のことを心から愛しているから………
それじゃ駄目なんだよな…………
善逸の目から、とめどなく涙が溢れる。
それでも彼は俯いていた顔を上げた。
彼の想いを全てわかった上で、光希が炭治郎に向かって走り出す。ふらついてはいるが、前へ向かって足を進める。刀は善逸に渡したまま、丸腰で向かう。
すると、彼女の後ろから歌が聞こえ始めた。
涙声だし、音も情緒も不安定だけど、それでもありったけの想いを込めて善逸は歌った。
月の見えない夜の闇
あなたと紡ぐ 愛のうた
求めるものはただ一つ
あなたと共に いつまでも
行かないで そばにいて
大丈夫 そばにいる
二人で繋いだこれまでを
これからに変えて
わたしだけのあなたを
今は見えない 月の光に託して………
善逸は歌いながら、遠ざかっていく『光』を見つめる。溢れ続ける涙で視界が歪み、よく見えなくなる。
袖でぐいと涙を拭いて、目を逸らすまいと光希の背中を見続けた。