第70章 最強の鬼
この歌は彼らが十三歳くらいの時に作ったものだ。その頃、善逸に彼女が出来て金が入用になった。光希も本が買いたくて、金が欲しい。その為にこの歌を作った。題名は『望郷』と名付けている。
宴会でこれを歌うと、高確率で高額おひねりにありつけた。二人にとっておひねりは貴重な収入源だ。
客は自分の故郷や家族を想い涙する。勿論策士である光希がそこにバッチリ標準を合わせているのだから当然だ。
いわばこの歌は『完全に狙いにいった曲』である。客を感動させて金をせびるなんて光希にとってはたやすいことだ。
実際のところ、光希と善逸は『望郷』でかなりの額を稼いでいた。
しかし二人はあまりこの歌を気に入ってはいなかった。帰る故郷を持たない二人。お互い口には出さなかったが、歌えば歌う程どこか虚しさが募っていた。
稼ぐための歌。ただそれだけ。
宴会や練習以外で二人がこれを歌うことはほとんどなかった。
だが、隠れ家で過した最後の夜。
なぜかふと思い出して、二人はこれを歌った。善逸が作曲したこの歌は、音がやたらと難しいので何度も歌い直した。
『……光希、音、違う』
『えー、どこ?』
『“ひたすらに”の“た”。一音低い。気持ち悪い』
『“信じた 道を ひたすらにー”』
『まだぶら下がってる。もっと上』
『厳しいな……三度跳びでいいじゃん。四度は難しいよっ』
『駄目。次の“す”に繋がらない。ちなみに“に”の収まりも悪いぞ。適当に歌うな。ちゃんと音当ててよ』
『ひぃぃっ!鬼っ!!』
善逸の耳が、音の正確性を求める。
感情重視で歌う光希は文句を言うが、その顔は笑っている。
光希も善逸もまさかこんな形で再び『望郷』を人前で歌うことになろうとは思っていなかったが、あの夜、久々に歌っていたことが功を奏した。
とてもじゃないが、いきなり歌える歌ではない。