第66章 開戦
善逸と違い、多くの技を使ってくる獪岳。
善逸は刀で斬撃を弾くも、血気術で強化された獪岳の技は強く、浅いものであっても皮膚を罅(ひび)割って善逸の命を削っていく。
善逸を痛めつけて、心底楽しそうに笑う獪岳。
………あ、笑ってる、獪岳
怒りに支配されていた善逸の心に、ふわりと違うものが浮んだ。
修行時代、善逸は獪岳の笑った顔を見たことがなかった。自分と話している時は当然のことながら、桑島慈悟郎に褒められても頭を下げるだけでにこりともしない。
それまで光希とずっと一緒にいた善逸は、笑わない獪岳を不思議な生き物のように感じた。
その彼が今、こんなにも楽しそうにしている。
………こいつ、可哀想だな
こんなことでしか笑えない獪岳。
桑島慈悟郎からの愛に気付けなかった獪岳。
幸せを入れる箱に穴が空いたままで、幸せをずっと取りこぼし続けている獪岳。
自分も光希と出会ってなかったら、こうなっていたのかもしれない。自分の箱にもきっと、大きな穴が空いてただろうから。
でも、彼女が塞いでくれた。
穴が空く度に何度も塞ぎ、自分で塞ぐ方法も教えてくれた。
まあいくつか、彼女によって空けられた穴もあったかもしれないけど。
修復だらけで不格好な箱だけど、それでも立派な箱になったと自負できる。
……獪岳の幸せの箱は、俺が塞いでやりたかった
ごめん、じいちゃん
俺たちの道は分かたれた
獪岳の大技をその身に受けて、落下していく善逸。兄弟子を見つめるその目に、もう怒りはなかった。
『やっぱり怒りで戦うのはよくないな』
『ん?』
『後に虚しさしか残らねえ……』
いつか光希が呟いた言葉を思い出す。
……ああ、そうだ。俺が「親なし」と馬鹿にされて、あいつが相手を殴っちまった時だ。そうだよなぁ、やっぱり、怒りは、駄目だよなぁ。それが大切な人なら、尚更だ……
あの時、彼女は包帯の巻かれた自分の左拳を悲しそうに見つめていた。
善逸は空中で身体を捻り、壁をトンと蹴る。
………ごめん、兄貴
善逸は足にありったけの力を込めて、一気に飛び上がった。