第66章 開戦
「………天元」
光希が部屋の中から呼びかける。
「なんだ」
扉が開かれ、宇髄が入ってくる。
指文字で、側に来いと伝える。
宇髄は頷いて光希の隣に座る。
「ここの隊士を動かすには……、大局からするに……」
光希は宇髄に話しながら、メモ用紙に鉛筆を走らせる。
書いた文字は、
『うがぁぁぁ 辛い しんどい 吐きそう』
だった。
光希は、己の心的状況が相当危ういことを認識し、立て直せなくなる前に、早めに手を打つことにした。
宇髄は光希の腹心であり、緊急避難所だ。
護衛を煉獄槇寿郎に任せ、隣に連れてきた。
本当は最終手段としてまだ取っておきたかったが、出し惜しみ出来る状況ではなくなった。
吐き出したいけど吐き出せない胸の内を、宇髄に文字という形でぶちまける光希。
宇髄はメモを見ると、光希の頭をぽんぽんと撫でた。
そして、宇髄は『救済の接吻、遠慮無用』と書いてきたので、『一切不要、色ボケ忍者』と光希は書いた。
宇髄が光希の左手を握る。
光希もその手をぎゅっと握り返す。
これらのやり取りで平静を保つ。
重すぎる心労が少し和らぎ、頭も冴えてきた。
「無惨はどこか隠し部屋にいる可能性が高い。これだけ探してみつからない。走り回るのは一度中止。探索に切り替える」
光希が作戦を変える。
「扉の変形、不自然な通路など、違和感に注視しながら進め。“眼”を持った鴉を増やして探すぞ」
「はいっ」
妹たちと共に指示を出していく。
現場に行きたい。
皆の側に行きたい。
仲間たちと一緒に戦って……死にたい。
でも、まだ駄目だ。
まだその時じゃない。
目を開けてしっかり戦況を見ろ。
命を賭けた彼らの戦いから、決して目を反らすな。
誰が死んだとしても。
……善逸。善逸、善逸、……善逸
叫び出したい思いを飲み込み、信じる。
……慈悟郎様、善逸を守って
彼の戦が始まった。
それは、悲しい悲しい弔い合戦だった。