第66章 開戦
「天元」
光希が声をかけると、宇髄は紐の付いた愈史郎の“眼”を四枚彼女に渡す。
「お館様、お顔を上げてください」
光希の胸元に顔を埋めて震えていた輝利哉が、涙を浮かべた目を光希に向ける。
光希は笑顔で“眼”を頭につけてやる。頭を抱きかかえるように手を後ろに回し、紐を縛ってやる。
「くいな様」と言って同様にくいなの頭にも付け、「かなた様」と呼びかけて彼女にも“眼”を付けていく。
「お館様。大変恐縮ですが、俺の“眼”を付けていただけますか?貴方に付けてもらいたいのです」
光希はそう言って笑いながら自分の頭を指差す。
「……いいよ」
付けやすいように頭を下げる光希。
輝利哉の手は震えていてなかなかうまく縛れなかったが、かなたが後ろに回ってそれを手伝った。
「出来た」
「ありがとうございます」
「私のお館様としての初仕事は、これか」
「あはは!本当ですね。光栄です」
光希が笑うと輝利哉も少し微笑んだ。
「いいですか。今はまだいいですが、爆音が聞こえたらそれを合図に、その先泣いてはなりません」
「うん」
「はい」
「はい」
三人の子どもたちは光希の膝に手を乗せて、真剣に話を聞く。
「ですが、それでも、どうしても涙が出てしまったら……」
光希は懐から波千鳥の手ぬぐいを取り出す。
「誰かに涙を拭いてもらいなさい」
手ぬぐいを輝利哉に渡す。
「これは俺の大事な手拭いです。必勝祈願の波千鳥。特別にお貸しします。……実はこれ、心を強くしてくれる魔法の手ぬぐいなんですよ」
くいなとかなたの手を持ち、手ぬぐいを持つ輝利哉の手に重ねる。その上から自分の手も重ねて、皆の手で塊を作る。
「皆で勝つぞ」
「「「はいっ!」」」
三人が声を合わせて答える。
光希は大きく頷き、手を離してまた三人をぎゅっと抱きしめる。
本当は耳を塞いでやりたいが、父親からの愛情をしっかりとその胸に刻まなけらばならない。
「父上……母上……姉上……」
小さな声で輝利哉が呟く。
涙がぽろぽろと溢れる。
三人は光希の腕の中で、目を閉じて手を握り合っている。
そして遠くで響く爆音。
産屋敷耀哉、その妻と二人の娘がこの世を去った。