第65章 行かなきゃ
「光希、行って」
「善逸……、でも」
「俺はもう大丈夫だ」
「大丈夫なわけないでしょ」
善逸は、光希を抱きしめたまま、彼女の背中をぽんぽんと叩く。
「大丈夫。もう、お前からちゃんともらったから」
「善逸……」
「来てくれてありがとう」
「当たり前でしょ」
「酷い事言ってごめん」
「それはいいよ。わかってるから。でも……、」
「俺も、お前に守られてばかりじゃ、駄目だ」
善逸は、決意を持って光希の両肩をぐっと押し、彼女の身体を離す。
「本当にありがとう」
赤い目をした善逸が、同じく目を赤くしている光希に頑張って笑ってみせる。
善逸は宇髄に顔を向ける。
「宇髄さん、すみませんでした」
「……許さねえ」
「はい」
「許さねえから、強くなって光希を守れ」
「……はい」
「まあ……お前の辛さも派手にわかるぜ」
「…………」
「悲しみを強さに変えろ」
「はいっ!ありがとうございます」
光希は宇髄と話す善逸を見つめていた。その顔色は悪く、とてもじゃないが大丈夫とは思えない。
しかし、目には生気が戻ってきている。
「……善逸」
「光希、俺、頑張るから」
「うん……」
「やるべき事がわかったから。それに向かって進むだけだ」
善逸は立ち上がり、光希の腕をひっぱって立たせる。
「お前、夜は出歩いちゃ駄目だもんな」
「う、うん……」
「鬼に見つかったら大変だ。宇髄さん、光希をお願いします」
「おう。急ぐぞ」
宇髄が光希に近寄る。
その瞬間、光希は善逸に向かって手を伸ばした。
不思議とその光景が、ゆっくりに感じられた。
頭が正常に働いていないのだろうか。まるで世界から二人だけが切り取られたかのように善逸は感じた。
「え……」
ゆっくりとした時の中で、善逸は伸ばされたその手を掴む。
光希はそのまま善逸の胸に飛び込み、背伸びをする。血の通った温かい唇が、善逸の口に優しく触れる。
「誇りを、胸に」
唇を離した光希が小さな声でそう言うと、また世界が動き出した。
光希は善逸にくるりと背を向けた。
宇髄と共に走り去っていく光希。
あっという間に気配が消えた。