第65章 行かなきゃ
「お前、本当に派手に馬鹿だな」
善逸の頭の上から宇髄の声がした。
「今、俺はお前を心底蹴飛ばしたいと思ってる。それこそもうここへ戻って来られないくらいの、世界の果てまで蹴飛ばしたい」
善逸は羽織の下でその声を聞く。
「あいつが、そんな指示を出すわけがないだろう」
善逸は膝を抱える腕に力を込める。
「お前の兄弟子の事を聞いてから、あいつはずっとお前の育手に手紙を出していた」
「………、……っ」
「激務の中、家にも行っている。会えなかったがな」
「……うぅ…、」
「あの時のあいつの顔、俺は忘れられねえよ」
「………くっ……」
「あいつの……死なないでって呟きを、俺は何百回と屋敷で聞いてたんだ!!!」
宇髄は隠れ蓑になっている光希の羽織を、善逸の頭からむしり取る。
肩を震わせて泣いている善逸が、無防備に外界にさらされた。
「お前、何やってんだ!!こんなところで一人で膝抱えて!!大事な仕事放ったらかしてここまで走ってきたあいつを傷付けて!!」
これだけ言われても善逸は顔を上げない。
「やめて、天元さん」
そこへ、善逸から距離を取っていた光希が現れる。
「……光希」
「善逸を叱らないでよ。今、善逸は飽和状態なんだ」
「だからなんだ」
「慈悟郎様の切腹を止められなかったのは事実だから。俺のせいだ。俺がこうして責められるのは、至極当然だよ」
宇髄から羽織を受け取って袖を通す。
「……善逸、本当にごめん。全ては俺の力不足だ」
光希は再び善逸の前で深く頭を下げる。
善逸の目が、少し見開かれる。
「光希、戻るぞ」
「………、もう少し時間くれよ。側にいてやりたいんだ」
「駄目だ。俺はこのままここに居たら、こいつを殴っちまうからな」
「そんなことは許さない」
「いいから、行くぞ。こんな馬鹿ほっとけ」
宇髄は光希を抱きかかえて、ふっと眼前から消えた。