第65章 行かなきゃ
育手が亡くなった場合、死因に関わらず、すぐに弟子の元に連絡が行く。
桑島慈悟郎の訃報を受け取った善逸は、手紙を持ったまま座り込み、稽古場の森の中で一人、ぼんやりと地面を見つめていた。
頭がぐちゃぐちゃになり、心に大きな穴が空いたようで、涙も出ない。
ただ、座っていた。
そこへ、飛び出してくる一つの影。
「……っ、はぁっ、はぁっ、……ゲホッ…、善逸……」
彼女は限界を越えて走ってきたため、疲労で震える足でよろよろと善逸のそばに近付く。
名前を呼んでも聞こえていないようで、反応がない。全く生気のないその瞳は地面を向いたままだ。
善逸の頬に、光希の伸ばした手が触れる。
すると、ビクッと反応をして、やっと善逸の両目が光希を捉えた。
「……………光希…?」
「ぜー…ぜー…、はぁ、……うん」
「光希……、なあ……嘘だよな?」
「…………善逸」
「いやいや、そんなさぁ……ねえ?こんなのさ、なにかの間違い、だろ」
「善、逸……」
光希は唇を噛み締めて、ゆっくりと首を横に振る。
信じられない。
信じたくない。
……でも、息を切らしながら心配そうにする光希が目の前に居ること。それこそが、この悲しい事実が真実である何よりの証拠なのだ。
「じいちゃん、……死んだの?」
「………うん」
「死んじゃったの?」
「…………、うん」
「……なんで?」
「それは、」
「獪岳が……鬼に…なったから……」
「…………」
善逸は、光希から目を離し、また俯く。
「……俺、もう、じいちゃんに会えないの?」
善逸は震える手で自分の膝を抱える。
光希は羽織を脱ぎ、善逸の頭からバサリと被せて羽織ごとぎゅっと彼を抱きしめた。
羽織で善逸の視界を区切り、一時的に外界と切り離してやる。
藤の花のような薄紫色の世界に覆われて、優しい温もりが善逸を包み込んだ。
「じ…じいちゃん……じい、ちゃんっ……じいちゃぁん……嫌だ…嫌だよぉ……うぅ…、うぁぁぁっ……」
自分の膝を抱えたまま、ボロボロと涙をこぼし始めた善逸。
光希は羽織の上から善逸の背中を撫でる。
自分の涙も羽織に吸わせていった。