第8章 山の中で
善逸は自分の唇をそっと触る。
そこはとても熱を持っていた。
光希の音はちゃんと変わった。己の望む音をしっかり出してくれた。
見たことのない表情も見られた。
まだ自分の気持ちも伝えてないけど、善逸は何故だがとても満足し、心から幸せな気分になった。
だが、呼び名が「冨岡さん」から「義勇さん」に変わってることや、髪の縛り位置が若干高くなっていることや、なんとなーく女らしさが増した気がすること等を加味すると、今後も油断はならないと気を引き締める。
……女らしさ、に関しては気のせいかもしれないが。
背後をとった身のこなし、山を瞬く間に駆け下りていく姿。光希の成長に感嘆しながら、自分も山を下りた。
急いで蝶屋敷に帰らねば。自分も朝帰りだ。
言い訳を考えながらの帰り道。
込み上げてくる口元の笑いを、善逸は押さえられずにいた。
一方、帰路をひた走る光希。
こちらも口を押さえている。
――――びっ…くりしたああああああ。何だあいつ、何なんだよ。動揺したじゃねぇかよっ。あーもー心臓がうるせー!
『俺も、男だからな』
善逸の言葉が思い出される。
――――んなの、知ってるよ。……いや、あんまり考えたことなかったか?あいつは、なんかそういうんじゃなかったな。今まで。
…ん?今まで?今までって何だ?…じゃあ、これから、は何なんだ?
わからん……わからん…わからん、を繰り返しながら山を駆け下りていく。
頭の回転が早く聡明な光希が、かなり混乱して思考停止をしているが、「善逸は男である」というごくごく当たり前の大前提を、ようやく受け入れたようである。