第8章 山の中で
わけわからんという顔をする光希にぐっと距離を詰める善逸。
「光希……お前さ、蝶屋敷を出る前日、俺に何した?」
「え……」
「で、俺はそのとき何て言った?」
「……『再会したとき、覚えてろよ』」
「正解」
善逸が手で光希の頬に触れる。
「覚悟はいいな」
そう言って、善逸は光希に口付けた。
寝込み襲うんじゃない。回りくどく立ち回るんじゃない。真っ向勝負でいかないと、きっとこいつは落とせない。
あの時、光希から不意打ちでされたものではない、ちゃんとした口付け。寝起きだから少しカサついているが、柔らかな唇を初めて味わう。
さあ、こいつの音は変わるだろうか。
緊張しながら、口を離す。ちゅっ…と音がした。
そっと顔を盗み見ると、今まで見たことないくらいに赤い顔の光希。そして、明らかに音が変わった。
その瞬間光希はひらりと飛び上がり、善逸の背後に回る。一瞬で後ろを取られたことに驚く善逸。
速い!と思った瞬間、後から耳を塞がれる。
「聞くな!見るな!」
その意外にも可愛らしい行動に、善逸は嬉しくなる。
耳を塞いだところで、善逸には丸聞こえだ。光希もわかってるだろう。
「いや、もう見たし。塞いでも聞こえるし」
「うるっせえ、この馬鹿!びっくりしただろうが、善逸のくせに!」
「はは、やられてばかりで黙ってられっか」
そう言うと善逸は光希の手を離させて、「俺も、男だからな」と、光希と同じく赤い顔で笑った。
また、跳ね上がる光希の鼓動。それを善逸が指摘すると「だから聞くなっつってんだろが!!」と怒った。
「帰る!じゃあな!」と走り出す光希。顔を見られないように背を向けたままだ。
「気をつけてな」と後ろから声がかかる。
すると走り出した光希がピタッと足を止めて、背を向けたまま「会いに来てくれて、ありがとな」と言った。
そしてそのまま走って山を降りていった。
善逸は膝に手をついて、かがみこんだ。
――ちょ、何あいつ可愛すぎだろ。ちょっと待て俺の全細胞落ち着け、おおお落ち着け。
正直もうどうかなっちゃいそうに余裕なかったけど、俺、頑張ったんじゃない?ねえ?
善逸は脳内で盛大に取り乱していた。